集合時間に間に合わせて
普段ならあまり外出しない土曜日に信夜は出かけていた。星上との約束を守るためだ。
昨日、帰ったあと連絡が来て集合場所は言われたがそれ以外は何も聞いていない。信夜は今日何をするのか知らない。
信夜はまっすぐ集合場所へと歩いていく。このままのペースなら集合時間十分前には着くだろう。
駅の近くは商業施設が多いため次第に人通りが増えていく。土曜日だということも影響しているのだろうか。
普段と変わらないペースで歩いていると次第に目的地が見えてきた。
すぐそばまで行くと星上がベンチに座っているのが見える。しかし、その目の前には知らない人物が立っている。
どうやら男が一方的に話しかけているように見える。星上は困ったような表情を浮かべている。
星上は昨日の放課後のように髪を上げているから表情がよく見える。
信夜は二人の場所へと近づいた。
「やっぱり俺と遊ぼうよ」
「いえ、だから、結構です」
男は断られても「でもさぁ」とまだ誘い続けている。
これはいわゆるナンパというものだろうか。存在は知っているが現場を見たことはない。
「あの、やめたらどうです?」
信夜はそばまで行くと男に話しかけた。
信夜と男はそこまで歳がかけ離れているような感じはしない。おそらく同年代か一、二歳相手が上なぐらいだろう。
「なんなのお前」
男は信夜を見ると顔で鬱陶しい、邪魔と伝えてくる。
「待ち合わせしてる人ですけど」
「ふーん。お前が」
男は一瞬見定めるような顔を浮かべるとすぐに見下すような表情に変わる。
完全に舐められているのだろう。
それも仕方ない。特に特徴もない自分を警戒するような要素なんてないと信夜は思う。
「やっぱりこんなやつより俺と遊ぼう?」
横を見て男はまた誘い出す。
星上は男を見ず信夜を見ていた。信夜が顔を向けると目が合う。
「ねぇ、ねぇ」
「いや、ですから」
星上は俯いてしまう。それでも男は誘い続ける。
「星上さん。行こう」
「う、うん」
信夜が話しかけると星上は肯定して立ち上がる。そして信夜の方へ歩いて近づいた。
「ちょっと待て」
男は信夜を一瞬忌々しいような目で見た。
こんな目を向けられたのは一体いつ以来だろうか。やはり向けられて心地いいものではないと信夜は思う。
「なら、せめて俺も混ぜてくれないか?」
少し下手に出て男は頼み込む。
おそらく嫌々やっていると信夜は感じる。
「だって。どうする?」
信夜が星上の方を向くと星上はゆっくり首を振る。
どうやらついてくることを好ましくは思っていないらしい。
なら、諦めてもらうしかない。
「そういうわけみたいなんで」
「ちょっと待てよ!」
立ち去ろうとすると男は引き止める。
まだ諦めないのだろうか。そんな気はなんとなく信夜の中ではしていた。
「な、なぁ、別にいいだろ?」
「これ以上は嫌がってるみたいなんでやめてもらえると」
「お前は黙ってろよ!」
少し声を荒げて男は信夜に言い放つ。
そんなことをしたら逆効果だと思う。それだけ必死だということなのだろうか。
星上は少し怯えたように肩をすくめた。
「嫌、です」
おもむろに星上が男に言う。
男は「うっ」と少し後ずさった。そして顔を顰めながら舌打ちを一回する。
「行こう。星上さん」
信夜は星上の手を引いて歩いていく。星上はそれに従ってついていった。
少し後ろを見てみると男は憎々しいように見てからどこかに去っていった。
(はぁ、久しぶりだな)
苦い気持ちが信夜の心の中を這っていく。信夜はできるだけ早く忘れたいと思った。
こんなことならもっと早くくればよかったと思う。そうすればきっとこんなことも起きなかった。
少し近くの建物のそばまで行く。
「大丈夫?星上さん」
星上は俯いてしまっていた。
それだけしんどかったのだろうか。たしかにああいったことは慣れないとしんどそうだ。慣れるものなのかは分からないが。
星上はゆっくり顔を少し上げた。しかし、それでも顔は下を向いている。
「そ、その、手」
信夜は星上の言葉を聞いて視線を下にやる。すると信夜の星上の手は繋がれていた。
「あ、ああ、ごめん」
気づいた信夜は勢いよく手を離す。
他のことを考えていて離すことを忘れていた。すまないことをしたと信夜は心の中で反省する。
自分のようなやつに長時間手を繋がれるのはあまり好まれたものじゃないだろう。
「だ、大丈夫です」
そうは言うが星上の顔は上がらない。
やっぱり気にしているらしい。
星上はついさっきまで繋がれていた自分の手を見つめる。じっとただ見つめている。
一体何を考えているのだろうか。やっぱり自分に対しての不満を言っているのだろうと信夜は思う。
「ほんとにごめん」
「だ、だから、大丈夫です」
少し声を大きくして星上は否定してくれる。
それが本心なのかどうかは分からない。信夜はやはり自分を少し責めた。
「・・・・・・そ、それで、今日はどこに行くの?」
信夜の言葉に星上は少し戸惑ったような雰囲気を出す。
あんなことがあったばかりなのだから仕方ないだろう。
「そ、その、ついてきてください」
「わかった」
もとよりそうする他ないと信夜は思っていた。
誘ってきたのは星上だし何か目的があって誘ってきたのだろうからそれを教えられてない以上信夜にはその目的がわからない。そして何もできなかった。
星上は少しぎこちなく歩き出す。信夜はそれについていった。
星上は歩き始めた時、一瞬さっき見ていた手を握る。
やっぱり気にしているのだろうか。