友達になろう
「ど、どうして、ここに?」
昼休み、例の階段を登ると星上が昨日と同じように座っていた。
星上は困惑を浮かべながらこちらの様子を伺っている。
気になってしまった信夜は自分の昼食を食べ終わってからここにやってきた。そうすれば食べる前よりも簡単に帰れると思ったからだ。
もし昼食を持って来なんてすればここを使いたかったのかななんて思われるかも知れない。
「いや、今日もいるのかなって気になって」
「その、ごめんなさい」
星上はまだ食べているらしいパンを下げて謝った。
「なんで謝るの?」
星上が悪かったところなんて今あっただろうか。悪いのはむしろ自分の方だと信夜は思う。
「こっちこそ、急に来てごめん。もう戻るよ」
やはり余計なお節介だったらしい。変なことをしてしまったのだろう。
信夜は右足を動かして体を下へと向かう階段に向ける。
「あ、待って」
途端、元見ていた場所から声が聞こえてきた。信夜はその声の先へと顔を向ける。すると階上の顔は上がっていた。相変わらず長い髪のせいであまり目元が見えない。
一瞬目が合ったような気がするとすぐに逸らされてしまった。
「一つ、聞いてもいいですか?」
「何?」
星上は遠慮がちな声で尋ねてくる。
ここに来るたびに質問されている気がする。
聞きたいことなんてあるだろうし、それ自体に問題はないけれどどうしてその度にそんな声色になるんだろう。
「やっぱり私って迷惑ですか?」
「え?」
信夜は質問の意図がわからなくて一瞬固まってしまった。
「どうして?むしろ迷惑なのはこっちじゃない?」
初めて会ったのも自分からでその上、一緒に帰ろうなんて最初に提案したのも自分だ。
こんなにも馴れ馴れしくされたのだから普通なら迷惑だと言われるのは自分だと信夜は思う。
基本的に星上から何かすることはなかった。それこそ今日一緒に帰ろうと言ってくれたぐらいで。
「その、私と一緒にいると変な噂が立つかも知れないし」
またもや申し訳なさそうに話す星上に信夜は優しく笑いかけた。
「そんなの気にしないよ。そんなに簡単に立つものじゃないでしょ」
信夜は自分で言うのもなんだが学校ではかなり影が薄い。
友達でもない人がわざわざそんなやつのことを気にして噂するのなんて結構なもの好きだろう。
加えてそんなことをいちいち気にしていても仕方がない。ないことなのだからそんな疑惑はきっといつかは消えるだろう。
「それに、それなら俺の方こそごめん。それは星上さんも同じでしょ?」
「いや、私は別に・・・・・・な、なんでもないです」
星上は両手を振って誤魔化す仕草を見せる。
それだと表向きは気にしていることになると思うがそれは結局大丈夫ということなんだろうか。
どうしてそんなに取り乱したのかよくわからない。
「でも、いいんですか?私と仲良くしてもいいことなんて」
星上はせっかく顔が上がっていたのにまた俯いてしまう。
どうしてこんなにすぐに落ち込んだテンションになってしまうのだろう。
「こうやって話せてること自体がいいことだと俺は思うよ」
信夜には仲がいいと言える人物がそれほどいない。だからこんなふうに話せる人は貴重だった。
自分の意見を言える、他人の話を聞けるというのは大切なことだと思う。
それに星上と話していて苦痛だと思うこともない。
「でも、私、特徴とかないし」
「それと仲良くするのに何か関係あるの?」
相手に何か特徴があるから仲良くするわけじゃない。
確かにそういう人もいるかも知れないが全員がそうなると特徴がない人は誰とも仲良くなれないことになる。
特徴がない人なんていないと言えばいいのかも知れないがそう自信を持てる人ばかりでもないだろう。
「でも・・・・・・」
まだ何か言いたそうな雰囲気を橋上は醸し出している。
どうして自分をマイナスにばかり捉えてしまうのだろうか。過去に何かトラウマでもあったかのように信夜は感じる。
「特徴なんて理由の一つにしか過ぎないと思うんだ。俺はそんなのなくても星上さんと仲良くしたいと思ったよ」
「っ!」
友達になる理由なんて探せばきっと他にもある。
信夜の今回の場合は理由をつけるとするならなぜか気が合いそうだったからだ。
言ってしまえば気が合いそうというのが特徴と言えるかも知れない。
「それに、星上さんって可愛いでしょ。少なくとも俺はそう思うよ」
「っ‼︎」
星上にさらに顔を逸らされてしまった。
髪で顔がよく見えないのは確かだが、よく見てみれば鼻や口の形は整っているし、顔の輪郭も綺麗な形をしている。それに時々チラッと見える目はじっと見ることはできないが一瞬で綺麗だと伝わってきた。
総合的に見て、星上はかなり可愛いと呼ばれる部類に入ると思う。学校でもトップクラスはいけるだろう。
どれもこれも仲良くしてから気づいたことだが。
「・・・・・・あれ、おかしいな」
星上はぼそっと呟いた。
一体何がおかしいというのだろう。自分の感性だろうかと信夜は疑問に思った。
星上は少し顔を振って信夜に顔を合わせる。
「あ、あの」
その一言で今までと雰囲気が違うことがわかった。
何か思い詰めているが覚悟を決めたようなそんな雰囲気が見て取れる。
一度星上は息を吐く。そして手を強く握った。それに信夜は無意識に心の中で構えてしまった。
「え、えっと、その・・・・・・わ、私と、友達になってください!」
「・・・・・・え?」
信夜は呆気に取られてまた思考が固まってしまった。
頭が動き出すと訳もわからず笑いが込み上げてくる。信夜はそれを抑えきれず拳で口元を隠しながら少し笑った。
「や、やっぱり迷惑ですか」
「いや、違うんだごめん。ついほっとして」
暗い声をした星上に信夜は慌てて謝罪を述べる。
前に友達だと思っていると言った記憶があるのにこんなことを言われた上、身構えてしまったのに想像とあまりにも違って安心して笑ってしまった。
「いいよ。友達になろう」
考えてみればうまく距離感が掴めずに他の人よりも距離を空けてしまっていたところがあるかも知れない。
もしかしたらそれで自信が持てなかったのかも。
「ありがとう」
それにしても前に友達だと言って認めてくれたと思うのに今度はあっちから言われるなんて、友達とはなんとも作るのが難しいものだと信夜は思った。