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君と探す愛の物語  作者: 豆茶*
第二章 消えた恋人
8/8

8話

 その町には噂がある。

 人を喰らう、女神像があると――。


 ***


 出かけるためにオリビアは長いローブを脱ぐ。魔導師らしい格好ではあるが、いかんせん足を引っ掛けやすく、また暑苦しかった。魔塔の中は空調魔法がきいているため、それを着ていても大して困りはしないのだが、暖かい季節になってきた今の時期にこの長いローブはただただ暑かった。隣町まで行くのに、馬車を使うとはいえ、邪魔になるものはなるべく置いていきたいと思い準備を進める。

 オリビアは準備を進めながら自分の机の上を見る。オリビアの専門は氷結魔法である。氷を主軸とした魔法を使うのが得意だ。オリビアは魔塔で氷と炎の融合魔法の研究をしている。水と油のように正反対の素質を持つ氷と炎を同時に扱い、より的確に敵を処理するための魔法が出来ないか考えている。つまり、攻撃系の魔法を中心に研究している。研究したそれらの魔法はいつか来るかもしれない他国との戦争に備え、使われる。

 オリビアの専門的にも何かを探す魔法を使うのは得意とはいえなかった。探知系魔法は、小さな形跡も見逃さずに順を追って魔法を使う必要があるため、見た目の割に大雑把なオリビアには不向きだった。ようは細かい作業が好きではないのだ。

 だが、目の前でニコニコと笑う男のせいで、そんなことも言ってられなくなってきていた。笑顔で「準備できたかい?」と聞いてくる男の顔に魔法をぶつけてやろうかと思い、踏みとどまる。そんなことをしても喜ばれそうなのが怖かった。

「馬車は既に手配してある。君の準備が出来たのなら行こう」

「……はぁ」

 ノアに手を差しのべられるが、オリビアはその手を取らずに歩き出す。スタスタと歩いていくオリビアの背中を見つめて、ノアはしょうがなさそうに笑った。そんな二人の凸凹した関係を横目に見ながらコリンは「お若いねぇ」と呟いた。


 今回オリビアたちが向かう町はアクアーリスと呼ばれる町だ。アクアーリスは町の近くに水源を持ち、水に富んでいる。その水は加工して各地に届けられ、アクアーリスの水は信用もあり飲水として使われている。そんなアクアーリスは街の中心に大きな女神像と噴水があり、その噴水を中心に町中に水路が行き渡り人々の移動手段にもなっている。

 ハロズカイア国では女神グローリアという栄光の神を祀っている。国中を上げて信仰しているというよりは、地域信仰に近かった。首都を離れれば離れるほど、女神への信仰が強く、逆に首都に近いところは魔法への信仰が強くなっている。しかし、アクアーリスでは首都に近い町の中で唯一女神グローリアに対する信仰が根強くあるところだった。

 首都を出発してアクアーリスに近づくほど、空気中の水分量が多くなる。オリビアは馬車の中でそっと手を差し出し、大気中の水分から水の塊を作り出す。小さな球体になった水はふよふよとその場を漂う。

「キレイですね」

 オリビアの簡単な魔法を見てノアが微笑む。オリビアはその顔を見ながらそっと手の力を抜いて魔法を霧散させる。集まっていた水はゆっくりと水蒸気に戻り、やがて大気へと戻っていく。

「基礎魔法の一貫です」

 なんてことはないといった風にオリビアは呟く。魔導院を出てるはずのノアもそれくらいは知っていただろうが、返事を返すことで気まずい空気を誤魔化す。

 魔法は想像の延長線とも言われている。その物質や現象の構造を理解し、その構造の一部に手を加え新しいものを生み出す。そのため、知識が何よりも大事で、その知識からどこにどう手を加えたら何が起きるのかという想像ができる必要があった。想像ができないことは魔法では出来ないと言われている。つまり、言い換えれば、想像さえできてしまえば魔力は必要だが、魔法が使えるのだ。たとえ小さな子供であっても、イメージが出来れば魔法を形にすることが出来る。

「お客さん、そろそろ着きそうですよ」

 御者が小窓から二人に話しかける。ノアが用意した御者は年老いた男で、白い髭を生やしていた。てっきり騎士団の誰かが御者になると思っていたが、どうやらラフな格好できた時点で完全な私用らしかった。それならそうと初めに言って欲しかったと思い、馬車に乗り込む時に杖の先端でノアの足をつついた。

 「あぁ、ありがとう……オリビア、外を見てごらん」

 促されるように窓の外を見る。ちょうど正門に差し掛かったところのようで、検閲を受ける荷馬車や、歩いている行商人で溢れていた。オリビアたちの乗っていた馬車も衛兵に声をかけられる。ノアは衛兵に一通の手紙を手渡す。その手紙は高級そうな紙でできており、ちらりと見えた消印は見間違いじゃなければ王太子のものであった。

(……この依頼には王家が関わっている?)

 疑問に思いながらもオリビアは自分には関係ないことかと思い直す。

 衛兵はその手紙をサッと確認するとそれをノアに返し、敬礼して馬車を見送った。ノアもそれに頷いて返して、馬車は町の中に向かって進み出す。

 アクアーリスに入ると首都とは違った活気に溢れていた。首都では客と商人がやり取りする露店街が栄えているが、この町では商人と商人が直接やり取りをしていた。セリのようなものをしているのだろうか。商人たちの大きな声があちらこちらで聞こえてきた。

「首都とは違った雰囲気が面白いだろう?」

 興味深そうに外を眺めているとノアが笑っていう。オリビアは素直に頷いた。魔塔以外にあまり出たことがないからこそ、こういった人の営みを見るのは新鮮で楽しかった。

「アクアーリスは水の町であり、貿易の町でもある。水路を巧みに使って、各地からいろんな品物が集まってくるんだ」

 ノアの説明を聞きながら納得する。各地から集められた品物は、ここに集まる商人たちによって別の地方に運ばれる。そうして経済が循環する。

 そうして二人はとある家に辿り着く。茶色の屋根に二階建てのその家の呼び鈴を鳴らす。少し経ってから「はぁーい」という声とともに扉が開く。中から若い男性が出てきた。長く伸ばした髪を耳の横で縛り前に垂らしている。男はハーフパンツにシャツというラフな格好で出てきて、ノアとオリビアを見て首を傾ける。

「えーと? 魔導師様?」

 騎士の服を脱いで簡素な服を着ているノアを見て、隣で短いフードがついたローブを纏い杖を持っているオリビアを見る。明らかに困惑しているのか表情からありありと分かった。

「こんにちは、俺はノア。こちらは魔導師のオリビアだ」

「はぁ……魔導師様が一体なんの用でしょうか?」

 オリビアのことをまじまじと見ながら男は尋ねる。ノアは男に人当たりのいい笑顔を見せる。

「少し人探しをしているんだ。この家にターナーという青年が尋ねてきたと聞いて話を伺いたいんだ」

「あぁ、ターナーの事ですか」

 男は心当たりがあるようで納得する。そして立ち話もなんだからと二人を家の中に入れてくれた。


 男の名前はダニエルといい、銀細工の仕事をしている。ターナーとは友人であり仕事の依頼人でもあったそうだ。ターナーは婚約者に送る指輪の制作をダニエルに依頼をしており、つい先日完成したそれを取りに来ていた。

「それからあいつ、行方が分からなくなってたなんて」

 ダニエルはターナーが行方不明になっていることを知らなかったようで驚いている。その様子をみれば、彼がどこに行ったのか知らないのは明白だった。

「あの日は昼頃にターナーが俺のところに来て、それから、そのまま帰ったはずです。すごく嬉しそうにしてて、彼女に結婚指輪をプレゼントするって……それなのに……」

 心配そうな顔をしながらダニエルは握り締めた手に力を強める。

 ターナーとその婚約者は誰が見てもお互いに愛し合っていた。生活は裕福とはいえなかったそうだが、それでも二人は幸せに日々を送っていた。ダニエルはそんな二人を心から祝福しており、幸せを願っていた。自分の作品で二人が喜んで貰えるならと、ターナーから依頼の話をされた時も快く請け負った。

「その日のターナーさんの様子に何か変わったことはなかったか?」

「いえ……とくには……あぁ、でも、お祈りをしていくとは言っていたと思います」

「お祈り……?」

 ダニエルが思い出したように呟いた言葉にオリビアは反応する。

「はい。彼は信仰深く、何かあると女神グローリア様に祈りを捧げていました」

「なるほど……それなら、この町の教会に行ってみる必要がありますね」

 オリビアがノアを見ると、彼は頷いた。そして立ち上がり、ダニエルに感謝を伝えた。

「ありがとう。また何かあれば話を聞かせてくれないか?」

「もちろんです……きっと、彼女も心配しているだろうから……早く見つけてあげてください」

 ダニエルはノアの差し出した手を掴み、希望を託す。ノアはその言葉に力強く頷く。そして二人はダニエルの家をあとにする。

「女神グローリアか……」

 町中を歩きながらノアは考え込む仕草を見せる。オリビアはそれを不思議そうに見つめる。

 女神グローリア――ハロズカイア国において、繁栄を人々にもたらした神。この国は魔法石が採掘で取れるようになるよりずっと昔は貧しく、土地も痩せていたため作物は上手く実らなかった。そのため、この土地に根を下ろすものは少なく、この国はほとんどは他国から逃げてきた移民の人たちが行き場がないために仕方なく定住したことでできていた。祖先の人たちがこの土地に流れ着き、土地を耕し、生活を送る基盤を作りはしたが、今の国とは比べ物にならないほど劣悪な環境だった。

 しかし、ある日、どこからともなく女神グローリアが現れた。女神グローリアは告げた。

 『この種を育てなさい。さすれば、この土地は浄化され、豊かになるだろう』

 そうして女神グローリアは祖先の人たちに一粒の種を与えた。それが始まりの樹、ミラークルムだ。ミラークルムは王宮の中心にそびえ立っている。正確にはその樹を中心に城を立て、城を築いたというのが正しいが。

 ミラークルムが育つと、女神グローリアの言うとおり、他の作物も順調に育つようになった。そして今のハロズカイア国ができあがった。

 このことから女神グローリアは繁栄の神としてこの国で祀られてきた。近年では魔法の発達が進み、女神グローリアへの信仰も薄れ始めているが、信心深い土地は今でも女神への信仰心を忘れていない。

「繁栄の神、女神グローリア……たしかこの町では女神への信仰が根強いのですよね」

「そうだ。この町は女神グローリアが授けた最初の種の恩恵を一番に受けた。繁栄の神のおかげで交易も栄えていると、この町の人々は口々にそういうだろう」

 オリビアには女神を信仰する人達の気持ちはわからなかった。目に見えない神を信仰しても、状況が一変するとは思わず。何かを変えたいのならば、自分自身で切り開くしかないと考えていた。実際に、オリビアは困難に直面した時自分の力で前へと進んできた。その努力があるからこそ、人は成長できるのだ、と。

「この国では今、魔法を信仰する人達と女神グローリアを信仰する人達で対立しているのは知っているだろう? この町はすすんで女神を信仰している。だから、魔導師の君は教会では注意した方がいい」

「分かってます。度々、魔導師と教徒の対立を目にしているので」

「それなら良かった。でも、本当に気をつけてくれよ」

 ノアは心配そうにオリビアの顔を覗き込む。オリビアはその顔を避けるように顔を背ける。オリビアは口では分かったと言ったが、その心ではどこか慢心していた。女神グローリアを信仰しているといってもただの人に過ぎない。所詮人が魔法の前で勝てるわけが無い、と。

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