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君と探す愛の物語  作者: 豆茶*
第一章 氷の魔導師
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(5)

 ウィーヴェレの丘に向かって歩く。指輪の役目は終えたためか光を失っていた。

 オリビアは少し遅れて歩くフリントを盗み見る。手紙と鍵を大事そうに握りしめながら、何かに耐えるように唇を噛み締めている。今日一日で彼は散々泣いており、目元もうっすらと赤みがある。ただの遺失物探しのはずだったのに、まるで彼女の手のひらで踊らされているようだった。しかし、そう思っているのはおそらくオリビアだけで、フリントは彼女との思い出を巡るいい機会になっているのかもしれない。


 ふと隣を歩く男を見つめる。依頼人としてオリビアに話をもちかけたこの男は何故オリビアを指名したのか。この一日を通して関わってみてもその理由は分かりそうになかった。そんなことを考えて見つめていると、周囲を見ていたノアが視線に気がついたように顔をオリビアに向ける。オリビアと視線が合わさると、彼は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに甘い笑みを見せた。もしもオリビアが普通の令嬢だったなら、その笑顔を見て顔を赤らめただろうが、残念ながらオリビア普通とはかけ離れていた。ノアの溶ける様な笑みを見てぶるりと身体を震わせ、鳥肌を露わにする。そして胡散臭いものを見るようにジト目で見つめ返す。


 あからさまに嫌そうな態度を見せるオリビアの様子が面白かったのか、ノアは声を出して笑った。笑われたオリビアはムッとして、足早に歩き出す。ノアは口に手を当てて笑いを堪えようとしているが、堪えきれていない声がかすかに聞こえてくる。唯一何も分かっていなかったのは後ろを歩いていたフリントだけだった。


 街の正門にたどり着くと衛兵の一人が近寄ってきた。


「これからお出かけですか?」

「あぁ。すぐそこの丘までな。日が暮れる前に帰ってくるよ」


 衛兵はノアに気づくとビシッと敬礼した。ノアは片手を上げて応えると、衛兵はようやく手を下ろした。そひて後ろにいた二人を見る。


「依頼人と魔塔所属の魔導師様だ」


 軽く紹介すると衛兵は驚いた顔をする。魔塔の魔導師はもっぱら研究やら論文やらで滅多に塔の外には出てこないからだ。捜し物担当の魔導師も、わざわざ街の外にまで出て自分で探したりしない。彼らは追跡魔法を遠隔で行う道具を開発しており、それを使って冒険者に依頼を出すのが通例だ。


 だから衛兵が驚くのも無理はなかった。魔塔所属の、しかも女の魔導師が外を出歩いているのだから。


「どうした?何か問題でもあるのか?」


 思考の渦に飲み込まれていると、僅かに声のトーンを下げたノアの声が耳に入ってくる。柔らかい笑顔はそのままなのに威圧感が増しており、近寄り難い。オリビアはどうしてノアの態度が変わったのか分からなかった。衛兵はノアの言葉にハッとして首を横に振る。


「い、いえ!……わかりました。それではどうかお気をつけて」


 衛兵はノアたちに道を譲ると持ち場に戻って行った。ノアは最後まで衛兵のことを睨むように見ていたが、オリビアが門に向けて歩き出したのを見てその後ろを着いて行く。


 ウィーヴェレの丘は街から一番近くにある。季節によって様々な花が咲きみだれ、雪の降る冬以外は年中甘い香りがすることで有名だ。また、道中も魔物が少ないことで知られているため、よく街の人々が遊びに来る場所でもあった。ウィーヴェレの丘の麓にたどり着くと一際大きな風が吹く。


 さぁぁぁっと吹く風はいくつもの花びらを空中に舞い踊らせる。色とりどりの花々とその花びらが宙を舞い、幻想的で美しい景色だった。


「この丘に……」


 手紙と鍵を握る手に力を込めてフリントは前を見据える。


 その様子を見ながらオリビアも丘の頂上を見る。丘には一本だけ大きな木が立っていた。おそらくあそこが頂上になるのだろうな、と予測を立てる。そう考えながらオリビアはゆっくりと歩き出した。


 オリビアの歩く速度に合わせて、他の二人も歩き出す。


 サクサクと小さな草木を踏みしめる音と風の吹く音が混ざり合う。いつもなら一人や二人いるものだが、今日はもうすぐ夕暮れになるからか人は一人もいなかった。


 丘を進めば進むほど甘い匂いは強くなるようだった。


 そして一本の木の根元にたどり着く。三人はそれぞれ顔を見合せる。


「フリントさん、ここに何があるのか分かりますか?」

「い、いえ……でも、彼女が意味もなくあんな言葉を残すなんて思えないです」

「そうですよね……」


 メッセージに従ってここまでやってきたが、鍵を使う為の肝心な入れ物がなかった。もしかしたらここのどこかに埋められているのかもしれないが、この大きな丘からそれを探し当てるのは砂漠で小さな石を探すようなものだろう。


 どうしたものかと考え込んでいたオリビアはふと魔力探知に何かが引っかかるのを捉えた。スっと視線を下に提げ、小袋に入れていた指輪を取り出す。なんと指輪は先程のように光を発していた。


「二重魔法……?」


 その言葉に二人も顔を上げて指輪を見る。そして驚いた顔をする。


 オリビアはそんな二人を置いておいて、すぐに指輪が指し示す地面に近づける。指輪は木のとある根元を指し示していた。オリビアはノアに視線を向けると、心得たというように頷く。


 ノアは地面に膝をつき、オリビアが指示した場所を掘り出す。数分掘り進めたとき、「あっ!」とノアが声を上げた。その声につられて横から地面を見ると、土の中から小さな小箱がでてきた。


 ノアがその箱を土から取りだし、周りに付着した土を払い落とす。


 そして、フリントに渡した。


「これは……」


 その箱は手のひらに収まるくらいの小さな箱で、ひとつの鍵穴があった。フリントは手に持っていた鍵をその鍵穴に差し込んで回す。


 カチリ。


 小さな乾いた音が響く。


 恐る恐る、ゆっくりと蓋を開けると、そこには――


「……魔法石の核?」


 小さな小さな魔法石の核が入っていた。フリントがその核を取り出すと空に掲げた。沈み始めた太陽の光反射して核がきらりと光る。


「それが、オルゴールの核か?」


 ノアが尋ねる。フリントはハッとして腰のカバンからオルゴールを取り出すとおもむろに底面の蓋を開けた。そして魔法石を取り出すと合わせるように核を近づけた。核はまるで初めからそこにあったようにピッタリと魔法石にハマった。


「!」


 元の形に戻った魔法石を、恐る恐るとオルゴールにはめ込む。そして蓋を閉めて表に返すと、オルゴールの蓋を開ける。



 

 可愛らしい音楽が丘に流れ始める。

 彼女の愛した音楽が。

 二人の思い出が、溢れ出す。




 その瞬間、周りに沢山のホログラムが現れる。


 触れることは出来ないそのホログラムは初めは何を映しているのか分からなかったが、やがて一組の男女が映し出されるようになる。


「っぁ、あぁ…………!」


 目の前のホログラムを見たフリントはなにかに気がついたように手を伸ばす。しかしホログラムに触れることは出来ず、フリントはただ流れる映像を見ることしか出来なかった。

 そしてオリビアとノアはフリントよりも遅れてそれがなんなのか理解した。




 これは、記憶だった。




 誰の、と聞かれればフリントと彼女の、と答える。


 

 初めてのデート、初めての外食。一緒に遊びに行ったウィーヴェレの丘。


 その丘で二人は歌を歌い、花冠を作りあって、小指を絡ませ合う。


 まるで『約束だよ』と言っている声が聞こえるみたいだ。


 場面は変わり、病室で寝転ぶ彼女。


心配そうな表情を見せるフリントに彼女は屈託なく笑いかける。


 そして、フリントは彼女に指輪をプレゼントする。


 涙を堪えられない彼女は泣きながらそれを受け取る。




 彼女の病気さえなければ、ただ幸せな記憶だっただろう。

 だけど現実は無情にも、彼女の命を奪っていった。

 この映像は、残された彼のために彼女が作ったものだ。



 フリントと彼女が一緒に過ごした時間は長くはなかった。それでも二人はたしかに幸せだった。ほんの少ししか一緒にはいられなかったが、ずっと忘れられない記憶になるほどに。





「投影魔法の応用……」


 泣き崩れるフリントと目の前で流れる映像を見ながらオリビアは小さく呟く。ただの余命幾ばくもない女性がどうやってこの魔法を組み込んだのか。オリビアはそんなことを考えていた。市民に出回る魔法石に魔法印を刻むのは魔塔の魔導師の仕事だ。それですら複製品を簡単に作れるようにと魔法が使われている。オーダメイドで作られたように見えないこのオルゴールの魔法石に、こんな大掛かりな魔法を誰が――


 オリビアはひとつの仮説を思いつく。

 

 この魔法は魔法石に刻まれている訳では無い。

 そう、今しがた手に入れた核にこの魔法は刻まれているのではないか、という仮説だ。

 

 それなら、フリントが常日頃からオルゴールをかけていて、この映像が流れなくても不思議は無い。投影魔法の応用は中級者向けの魔法にあたるため、少し魔法をかじったことことのあるものなら刻むことも出来たはずだ。それに、この魔法は複雑で壮大に見えて案外簡単な命令式で出来ているようだった。


 おそらく死期を悟った彼女が、最後の最後に細工したのだろう。


(だけど、どうして?なんでこんなことをしたんだろう)


 理屈はわかったが、その理由がわからなかった。ただ流れる映像に生者は触れることは出来ない。またこれが流れたからといって死者の彼女が蘇るわけでもない。


 なら、彼女のこの行動には一体どんな意味があるのか。


「分からないか?」


 横に立ったノアがオリビアに尋ねる。ハッとして顔を上げると、優しい顔をした彼がいた。オリビアはゆっくりと前を向きながらもう一度今日の出来事を振り返る。だけどいくら考えても、やはり彼女の行動の理由や目的は分からなかった。


「分かりません。非合理的です。こんな回りくどいことをしなくても、直接これをフリントさんに渡せばよかったはずです……なのにどうして?」

「彼女はきっと心配だったんだろう」

「心配?」

「そうだ。大切な人が、一人、自分が居なくなった世界に取り残されたあとのことを心配したのさ。とくに、フリントさんは真面目で、優しいからこそ、自分を責めたりしないかと」

「……? それがこの件とどう関係があるんですか?」


 説明されても分からないオリビアは小さな子供のように尋ね返す。


「彼女は愛していたんだよ。彼を、フリントさんを、心の底からね」


 愛していたからこそ、彼女は自分の死んだあとのことを憂いてこの仕掛けを残した。近しい人が死んだ時、人はまずはその事実を否定し、怒りを覚える。そしてやがてそれは死への受容へと変わる。


 フリントはおそらくその優しさと真面目さから自分を責めたに違いない。


 もっと出来ることがあったはずだ。


 もっと彼女にしてやれることがあったはずだ。


 そして自分を責めながら一生を過ごすのだ。


 だけど、彼女はそれをよしとはしなかった。


 彼女はフリントが正しく自分の死を受け入れられるようにと、準備をすることにしたのだろう。


 彼女が死んですぐにこの仕掛けを手渡してしまうと、きっとフリントは箱の幻想に依存してしまい、前に進むことが出来なくなる。だからこそ、時期をずらすしかなかった。その方法として彼女はひとつのオルゴールを使用することにしたと考えられる。



 彼が正しく、前を向いて歩いていけるように――



「人はそれを、愛と呼ぶんだよ」

「…………愛、ですか」


 その愛は、一体どんなものなのだろうか、とオリビアは考える。

 オリビアには愛が分からない。

 だから、この事件に隠された愛が分からなかった。

 嗚咽を漏らしながら、静かに泣き続けるフリントを見つめた。そんな様子をノアは横で見守っていた。




 しばらく時間が経ち、そろそろ日が沈み始める頃だった。


 フリントはひとしきり泣いたあと、恥ずかしそうに2人のそばに戻ってきた。オルゴールの蓋は閉めてあり、心地の良い音楽はもう聞こえない。


「すみません、何度も何度も。いい大人が……恥ずかしいですよね」

「そんなことはないさ。それだけ君が彼女を想っている証拠だ。それを笑うやつはこの俺が許さないよ」

「ありがとうございます、ノア様。それにオリビア様も。オリビア様のおかげで僕は彼女の最後のメッセージを受け取ることが出来ました。本当に、ありがとうございます」


 フリントはそう言って頭を下げる。オリビアは小さく首を横に振る。


「私は依頼をこなしただけです。お礼を言われるほどのことはしてません」

「まぁまぁ、ここは素直に受け取っておこう。な、オリビア殿」


 固辞する構えのオリビアにノアはパチンとウィンクする。オリビアはその視線から逃げるように一歩彼から離れる。


「あはは。お二人はとても仲良しなんですね」

「……え?」


 思いがけない言葉にオリビアは体は固まる。誰と誰が仲良しといったのかもう一度聞き直したかった。


「ははは! そうだろう? そう見えているなら嬉しいよ」

「……え?」


 そこで否定しないノアにも、オリビアは信じられないものを見るような目で見つめる。オリビアが追いついていないまま二人で話しが進んでいく。混乱するオリビアをよそに、ノアはフリントの手の中にあるオルゴールを指さす。


「それはどうするんだ? 持ち帰るのかな?」

「……いいえ。ここに、埋めていこうと思います。それがきっと、彼女の望んだことだと思いますから」


 寂しそうにオルゴールを撫でるフリントを見てオリビアはようやく意識を戻す。


「それに、僕は十分彼女に勇気をもらいました。この先も、彼女のいない世界で生きる勇気を」


 そう言うと、オルゴールを掘られた穴に丁寧に入れる。そして手で周りの土を集めてはオルゴールに被せるように入れていく。数回その作業をすると、掘られた場所はまた元の平らな場所に戻っていた。


「これでおしまいです。ありがとうございました」


 フリントは深々とお辞儀をする。


 そして三人は丘をおりて街に向かって歩き出す。


 正門を通って街に戻ってきた時、ふと思い出したようにフリントが話し始める。


「そういえば、もともとの核はどこに行ったんでしょうか?」

「恐らくですが、元の核には一定期間が経つと消滅する命令式が刻まれていたのではないでしょうか?」


 フリントの質問にオリビアが自分の考えを伝える。魔法石の核にわざわざ自滅の命令を刻む人なんていない。だからそんなことが可能なのかは分からないが、先程の細工を見たあとだと、案外簡単に出来るのかもしれないと思えた。




 こうして、オリビアが請け負った依頼は無事に終わりを迎えた。


 依頼人であるフリントを家まで送り届けると、今度はノアと二人で家に帰るために貴族街を歩き始める。


 失くしものを探す依頼なんて仕事じゃないと思っていたが、今回見ることができた魔法石の核に刻まれた細工は今後の魔法石の研究に役立ちそうだと思った。それを思えば、この依頼を受けたのも悪くはなかったと言える。


「オリビア殿」


 つらつらとそんなことを考えていると、いつの間にか足を止めていたのか、オリビアの後ろからノアが声をかける。オリビアなんだろうと思いながら振り返る。


「突然こんなことを言うのは、君を困らせると分かっている」

「?」

「だけど、どうか聞いて欲しい……どうか、俺と」


 緊張したように体を強ばらせながら、ノアは右手を差し出し直角にお辞儀をする。


「結婚を前提に付き合ってくれないか!?」


オリビアは何を言われたのか分からず、というより理解したくなくて思考を停止させる。その間も健気にノアは右手を差し出している。

オリビアは現実逃避するように、この場に誰もいなくてよかったと考える。


 そしてたっぷり時間を使ってから小さく呟く。


「………………は?」

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