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君と探す愛の物語  作者: 豆茶*
第一章 氷の魔導師
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(4)

「取り乱してしまい申し訳ございません」


 オリビアとノアが話を終えて戻ると涙を拭いながらもフリントは笑顔を見せる。オリビアはフリントのことを注意深く観察するが、やはり、たかが指輪に気持ちを揺さぶられる理由は分かりそうになかった。


「この指輪は魔法石でもなんでもないのですが、この指輪から、探すことは出来ますか?」


 フリントから指輪を受け取り、指輪に埋まった宝石を確認する。宝石の部分はたしかに魔法石ではなかったが、石の奥底に魔法印が刻まれているのがわかった。オリビアは魔力を流し込みその魔法印を読み取ってみる。それは何かの場所を指し示していた。


 魔力を流すのをやめて、顔を上げる。一同はオリビアを見守っていた。オリビアは指輪をフリントに返した。


「これを渡したのはフリントさんですか?」

「はい。僕が彼女に渡しました」

「この指輪に、魔法印を刻んだ覚えはありますか?」

「いいえ。僕が渡した時はただの指輪だったと思います」


 不思議そうに首を傾けるフリントを横目にオリビアは考え込む。だが、いくら考えても推測の域をでなかった。


 (実際に行ってみるしかないですね)


 オリビアは杖を抱え直すと三人に向き直る。


「この指輪の宝石には魔法が刻まれています。刻まれているのは簡単な追跡魔法です。核とリンクしているかまでは分かりませんが、唯一の手がかりを追ってみるのも手だと思います」


 フリントに返した指輪を指で指しながらこの先の方針をどうするか委ねる。フリントは少し考えてから頷いた。


「お願いします」

「それじゃあ、この指輪が指すところに行こうか……ご夫人、美味しい紅茶をありがとうございます。少しの間だけこの指輪をお借りしても?」


 ノアが夫人の手を取ってそこに軽く挨拶のキスをする。夫人は少しだけ頬を赤らめながらもフリントの方を向き直る。


「あぁ、構わないよ。だけどこのオルゴールは娘の大事な品だから、見つけたら教えてくれないかい?それとフリント、娘は天国に行ってしまったけれど、いつでも遊びに来るんだよ。あんたはもう私たちの家族同然なんだから」


 優しく、母のように笑う夫人にフリントは少しだけ目を見開いてから小さく頷いた。目尻にはまた涙が溜まっていたが、今度は溢れることは無かった。



 ***



 三人は女性の家を離れる。


「それを貸していただけますか?」


 少し歩いたところでオリビアがフリントに声をかける。フリントは頷き、オリビアの手に指輪を乗せる。オリビアはそれに杖の先で軽く叩いて呪文を唱える。


「クウァエレ」


 呪文に宝石の中の魔法印が反応してポワッと淡く光る。その光は三センチほどの光の筋を放っていた。まるで彼女たちを導いているかのようだった。


「この光の先に沿って探していきます。あとは核を盗んだ人が街から逃亡していないことを祈るだけです」


 そう言ってオリビアは指輪の指し示す方に向かって歩き出した。フリントとノアもその後ろを着いていく。


 しばらく歩いていくと住宅街から露店街の方へと辿り着く。露店街は住宅街の閑散とした空気と比べ、商人や客が入り乱れ、活気に溢れていた。人混みが多くて、あまり通りたい道ではなかったが指輪はこの先を指し示している。


 人が多くて、騒がしい通りを見てオリビアはうるさそうに顔を歪める。ノアはすぐそばにあった露店に売っていた果物を見て笑顔を見せる。


「おや?フリントじゃないか。今日は何を買ってくんだ?」


 人混みの間から野菜を打っていたおじさんがフリントに声をかける。フリントは「こんにちは、おじさん。今日はちょっと探し物をしているんだ」と礼儀正しく答える。


「そうかい。そりゃあ見つかるといいな」


 おじさんはカラッと笑ってから他のお客さんの方へと流れて行った。この辺りの露店はフリントの顔見知りなのか、通りを歩けば歩くほど他の人から声をかけられる。その度にフリントが返事をするため、思うように前に進めなかった。


「あれ?フリント、こんなところで何をしてるの?」


 ゆっくりと進んでいると、若い女性が声をかけてきた。クルクルとカーブし、ふんわりとしたくせ毛が特徴的な女性だった。


「サラ……」


 サラと呼ばれた女性は不思議そうに顔を傾けながら、そばにいたオリビアとノアを見る。


「魔道騎士様と…………フリントのお知り合いの方?」

「こんにちは、レディー。俺は魔道騎士のノア。こちらの女性は魔導師のオリビアだ」


 ノアは女性の手を取り、その手の甲にキスを送る。そしておちゃらけたようにウィンクする。サラと呼ばれた女性は顔を赤くして空いた手で口を覆っていた。


「まぁ!どうもありがとう、騎士様」


 手の下で軽く笑いながらノアの手を離す。そしてフリントの方に向き直る。


「指輪は、この人を指しているみたいです」

「ほんとですか?!」


 三人のやり取りを一歩下がったところから見ていたオリビアはサラが近くに来た時に指輪が強く光るのを見逃さなかった。爛々と輝く指輪を見せながら一同はサラを見る。サラは突然のことに訳が分からず首を傾げるだけだった。


 場所を移り、四人は露店街から少し離れたところに行く。そこは街の出入口の門に近いところで、大きな噴水が見応えのある場所だった。時間によって噴水の種類や、水の量が変わる仕組みになっており、全て魔法石を使って動いているとか。壮大で美しい噴水に、国外から観光客がわざわざこれを見に来るために訪れるほどだった。


 オリビアにとってはただ水が沸きあがっているようにしか見えなかったが、それを上司のコリンに伝えたら「風情がない」と怒られた。コリンこそ、噴水には興味がなさそうだったのにも関わらずだ。


 四人は噴水を背に話し始める。


「今、俺たちはフリントさんが盗まれたものを探しているんだ。そして手がかりだった指輪が君を指しているのだが、なにか心当たりはないだろうか?」


 ノアは1枚のハンカチを取り出すと噴水の傍の椅子に敷いて、その上にサラを座らせた。サラは慣れていないように恐る恐るといった様子でそのハンカチの上に腰を下ろした。


「その荷物、中身を見てもいいですか?」


 指輪を持っていたオリビアがサラのカバンを指さして言う。サラは戸惑うことなく「ええ、大丈夫です」と答えた。オリビアは椅子の上にひとつずつカバンの中身を取り出していく。


 それを横目で見ながらサラは先程の質問に答える。


「心当たり、というのか、あの子から受け取ってるものならあります」

「!」


 考えるように俯いたサラは意を決したように話し出す。サラとフリントは死んだ女性を共通の知り合いとする友人だった。女性の紹介でサラとフリントは出会い、彼女が亡くなる直前まで仲良く過ごしていたとか。だけど、間に入っていた彼女が亡くなると、二人の関係は次第に疎遠となっていった。


「あの子から、フリントが訪ねてくることがあれば渡して欲しいって」

「それはこれのことですね?」


 カバンを探していたオリビアは何かを手に取って立ち上がった。オリビアの手に乗っていたのは一通の手紙だった。指輪も間違いなく手紙を指し示していた。


「ええ。それで間違いありません」

「手紙……失礼ですが、彼女が亡くなったのは冬の中頃だったと伺っているけれど、どうして今までこの手紙を持っていたんだ?」


 不可解そうにノアが尋ねる。するとサラは困ったように目じりを下げる。


「それは、あの子にお願いされていたからです。フリントが訪ねてくるまでは渡さないで欲しいって」


 亡くなった女性が何を思ってそんなお願いをしたのか、サラにもフリントにも分からなかった。ただ、彼女には何か考えがあったようだった。その考えをもう彼女がいなくなってしまった今、いくら考えても仕方がないだろう。


 フリントはオリビアから彼女の便箋を受け取る。そして意を決してその封を開ける。中に入っていたのは一通の手紙と小さな鍵だった。


「この鍵は……」


 困惑した様子でフリントは鍵と手紙を見比べる。そしてとりあえず鍵を手に持ちながら手紙を見る。


 手紙には短く、こう書かれていた。



『初めて出会った あの丘の頂上で、また会いましょう』



「初めて会った丘……?それはどこの事なんだ?」


 手紙覗き込みながらノアが首を捻る。するとフリントの手が僅かに震えていることに気がつく。何かを思い出しているのか、わなわなと震える唇からは言葉は出てこなかった。


 やがて落ち着いたのか、フリントは深呼吸をして手紙を封筒にしまう。


「たぶん、ウィーヴェレの丘のことだと思います」

「ウィーヴェレの丘というと、街の近くの花がたくさん咲いているところのことか」


 ノアが頭の中でその丘を思い浮かべながら言うと、フリントも肯定するように頷いた。


「なら、そこへ行きましょう。ウィーヴェレなら魔物と出会うこともないでしょうから」


 そういうとオリビアは一人で歩き始めてしまう。ノアは仕方がなさそうにフリントに頷くと、サラに向かって「ご協力、感謝致します」と礼儀正しく挨拶をしてからオリビアの後を追った。残されたフリントとサラは去っていくオリビアを見た後に視線を合わせる。そしてふいにサラが笑いだした。


「なんだかせっかちなパーティーね」

「あ、あぁ。そうだね」


 サラとは久しぶりに話すからかぎこちない返事になる。それすらもおかしいようにサラはケラケラと楽しそうに笑う。そしてひとしきり笑ったあと、フリントを見て言った。


「フリント、あなたのおかげできっとあの子は幸せだったわ。最後の瞬間まで、きっと」


 サラは優しく微笑む。そして鍵を握りしめていたフリントの手に自分の手を上から重ねる。


「私が言うのもなんだか変な話だけど……それでも、あの子のそばに居てくれて……あの子に幸せを与えてくれてありがとう」

「…………っ!」

「あなたは優しいから、きっと色んな後悔をしているんでしょうけど。もしも少しでも自分を許してあげられたなら、その時は一緒にあの子のお墓参りをしましょう?」

「……サラ、ごめん」

「違うでしょ! こういう時はなんて言うんだった? あの子が教えていないとは言わせないわよ」

「…………ありがとう」


 ぎごちなく笑うフリントにサラは満足そうに笑い返した。そして力強くフリントの背中を、既に背中が小さくなりつつあるオリビアたちの方へと押しやった。


「どんなものがあったのか、次会った時に教えてね、フリント!」


 笑顔で手を振るサラに彼女の面影が重なる。フリントはグッと唇をかみしめて、サラに手を振り返す。


「あぁ、また!」

 

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