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国の繁栄は、その国の魔法の発展によるところが大きい。そう言われるほど、この世界では魔法が身近に浸透していた。大陸の中心から少し南に下がったところにあるハロズカイアと呼ばれる国でも当然のように魔法文化が栄えていた。
ハロズカイアでは強い魔法を使える魔導師が国の中枢に建てられた魔塔と呼ばれる場所に集い、日々魔法の研究を行っている。その中には一般市民が扱うような、日常使いできるようにと魔力が込められた魔法石の研究も含まれていた。また、ハロズカイアは大陸の中でも珍しく魔法石の鉱脈を複数所持しており、そのおかげで他国と小競り合いも時々起きていた。現状、魔法石の鉱脈があるおかげで大きな戦争に発展していないとも言えた。
街を歩けば魔法石を細工して作られた街灯が街を照らし、路面屋台や飯屋ではこれまた魔法石を細工して作られた火種でご飯などが作られていた。魔法石は一般市民にも手が届くようにと、国を上げて補助をしているおかげで、ハロズカイアでは他国に比べてより魔法が身近にあると言ってもいい。
では、魔法が身近にあることで困ることは無いのか、と言われればもちろんあった。魔法石はその調整を誰でも行えるようにと、核が埋め込まれている。核に刻まれた魔法印を弄ることで魔法石から発せられるエネルギーの微調整を行うのだ。逆に言えば、市井に出回っている魔法石は大きな力を持たないようにと調整がされており、またセーフティーとしてその核が無ければ動かない設計になっている。そこで問題になるのが、魔法石の核を盗む輩が出てくることだった。ハロズカイアの国民は総じて魔法石の核の大切さを知っているため盗もうなんて考える人はそういないが、外から来た人にとって見れば魔法石の核は一攫千金の種と言ってもいい。というのも、魔法石の研究は、魔法石の鉱脈を有しているハロズカイアが他の国よりも一歩先にあるのだ。その核に刻まれた魔法印の精密さは大陸一とも言われている。
これだけ語って何を伝えたいかというと、魔法石およびその核はよく盗まれやすいのだ。そして今も、とある路面店の核が盗まれたと報告を受け、やってきた所だった。
簡易的な防具に身を包み、肩にローブの端を止めるといった出で立ちをしているその男は、またか、と思いながらも店主の話を聞く。最近やたらと核の盗人が増えてきている気がする、と頭の隅で思いながら店主の話をまとめ、盗まれなかった魔法石を調べる。
魔法石はその価値の高さから大抵、他の魔法石と連動して位置が特定できるようになっている。魔法の心得があり、核に刻まれた魔法印を読み解くことが出来れば、盗まれた魔法石の追跡は可能と言える。
「店主、他の魔法石はこれだけか?」
「あぁ、それだけだよ……それにしても、最近やたらと盗みが多くて嫌になるねぇ。向かいの店でも明かりに使っていた魔法石が盗まれたってよ」
「それだけ外の国の人たちにとっては魅力的なんだろ」
防具を身にまとった男は肩を竦める。
「でも、そういったことに対処するために、魔法石同士は繋がってるんだ。あんたの魔法石もちゃんと見つけるから安心しな」
「しっかりしてくれよ。これでも大枚叩いて買ってるんだからな」
「それならあんたはしっかり魔法石を管理するんだな」
「はは!違いねぇや!」
軽口を叩く男に店主はカラッとした笑みを浮かべる。男とは顔馴染みになのか、お互い冗談を言い合う。
「なにか進展はあったか?」
そこに一人の男が合流する。軽口を叩いていた男の装備よりもはるかに高級そうな武具を身にまとっており、腰には剣を携えている。
「ノア隊長!」
ノアと呼ばれた男は手を軽くあげて応える。ノアは治安維持を司る第二魔導騎士団の部隊長であった。ちょうど男の直属の上司にあたる。
「これから魔法印を解いて追跡するところです」
男は敬礼をしながらノアに報告する。店主は畏まる男を暖かい目で見つめ、男から睨まれていた。そんな二人の様子を見ながらノアはふっと笑う。
「いつもと変わらないだろうが、気をつけて捜索を続けてくれ。私はこの付近で他に変わったことがないかを調べてくる。なにか異変があれば魔法石を割って知らせてくれ」
「はい!」
騎士団には緊急連絡方法として一方通行の通信用魔法石を常備している。その魔法石は割った後に数秒間音を記録し、相方になっている魔法石に声を届けるのだ。しかし魔法の研究は進んでいるが、まだ相互で通信ができる魔法石は開発されていなかった。
ノアは店主と部下を置いて店から離れる。周辺を調べている部下と合流する。このままスムーズに犯人が捕まればいいが、と心の中で呟きながら調査を進める。
***
ハロズカイアの中心には大きな城と縦に伸びる魔塔がある。城には国王とその家族が住み、使用人、騎士団などが務めている。魔塔は城の庭の一角に建っており、城と同じくらいの高さほどある。それだけでも十分に高く、広いのだが、中に入って天井を見上げると天井が視界に入ることは無い。魔塔の中にはいくつもの魔法印が組まれており、その中に空間をいじる魔法印も含まれている。そう、魔塔は外から見た以上に広く、色んなところと空間が繋がっている。上に行くほど複雑な移動方法を取らねばならないことから、はじめてくる人は必ず案内人をつける決まりになっている。逆に下層に近いところは歩いても行けるところが多いため、案内人がつかないこともある。そもそも魔塔では自身の研究に勤しむ人ばかりで手が空いている人がいないのも、下層部の案内人が付きにくい理由の一つであったりする。
魔塔の内部は乱雑としており、一階から二十五階の下層部、二十六階から五十階の中層、五十一階より上の上層に別れている。一つの階層ごとにおよそ六から八の部屋があり、下層に近いほど一般市民にも扱えるような魔法の研究をしている。上層付近では新しい魔法の研究であったり、魔法石の活用方法の考案、また実験が行われている。上層部で研究を行う人達はほとんどこの魔塔に住んでいるようなものなので、日常生活を送っていればまず会う機会は無い。
あちこちに本が飛び交う魔塔の下層部をオリビア・アンダーソンはゆっくりと上に向けて足を進める。オリビアは手に抱えた荷物を落とさないように抱え直す。オリビアの一日は自身の研究室に足を運ぶことから始まる。オリビアの研究室は下層部の十五階にあり、室長という立場の上司との二人体制の研究室になる。
ゆっくりと階段を昇っていると、いつもと同じようにまわりの人がヒソヒソと話す声が聞こえてくる。
「見て……オリビア様よ。今日もいつも通り怖い顔をしていらっしゃるわ」
「そんなこと言ってはダメよ。本人に聞かれたらいつ氷漬けにされるか分からないわ」
「普通もう少し表情が変わってもいいものなのに……本当に人形みたい」
「銀髪の髪に無愛想な態度……周りに全く関心寄せないからあんなあだ名が付くんだわ」
「『氷の魔導師』ってあだ名がね」
周りがヒソヒソとオリビアのことを話しているが、オリビアは何も聞こえていないように歩き続ける。ふと視界の端で見知った魔力の波を感じたためそちらに目を向けようとすると、ちょうどオリビアの噂話をしていた一群と目が合った。
目が合った人たちはびくりと体を震わせると愛想笑いを浮かべ、会釈をしながらどこかへと逃げていった。その様子を見ていた他の人たちも一様に口を閉ざしてそそくさとどこかに行ってしまう。
そうしてオリビアの周りには誰もいなくなってしまった。
「やぁやぁ、オリビアくん。今日も君の周りには誰もいないねぇ。また怖がらせたのかい?」
波が引くように人が去るのを見ていると背後から声をかけられた。
「……?コリンさん。私、なにかしてしまったのでしょうか?」
「あはは!全く気がついていないのかい?うん、それでこそオリビアくんだ!あぁ、もちろん、君は何もしていないよ。いつも通り何も、ね」
話しかけてきたのはオリビアの先輩で上司的存在のコリン・フリットだった。さらさら揺れる茶色のおかっぱ頭で、メガネをかけている。胡散臭そうな笑みをいつも浮かべており、仕草が大袈裟な人だった。人当たりはいいためオリビアとは違い知り合いは沢山いるようだった。魔塔の上層部に務めるだけの才能を持ちながら、誰も引き取りたがらなかったオリビアを唯一自分の部下にと引き取り下層部で研究を続ける変わり者でもあった。本人が言うには研究はどこでもできるとの事だった。コリンは知識欲が誰よりも強く、あらゆることに興味を示す。そして、どんなことにでも興味があれば調べずにはいられない。探究心が強く、ある意味長所とも言えるそれは、見方によれば短所に変わり、時に変人と後ろ指を指される原因となった。
しかしコリンは周囲の人々の評価にはてんで興味を示さない。本人曰く『他者の評価で私の興味は満たされない』とのことだ。
オリビアとコリンは一緒に歩きながら自分たちの研究室へと向かう。
「あぁ、そうだ。なんと今日は僕たちに依頼をしたいという奇特な御仁が訪れる予定だ。だが、残念なことに私は研究に忙しい……そこで、オリビアくん!君にその御仁の対応をして頂きたい」
残念そうに眉を下げながら、コリンはオリビアにウィンクをする。コリンが研究に忙しいのは知っていたため、オリビアは特に疑問に思うことなく頷く。
「わかりました。その御方の名前はなんというのでしょうか?」
「ウォーカー侯爵家のご子息、ノア・ウォーカー殿だよ」