第四章
アルメリアは父から婚約者が決まったとの話を聞き、胸を躍らせた。レイモンド侯爵家の次男エドワルドとの婚約。それは彼女にとって生涯の幸運に思えた。
「アルメリア、お前は慎ましく聡明な娘だ。我がレグニエ侯爵家に相応しい人間になれるよう努めなさい。」
父の言葉に、アルメリアは深く頷いた。エドワルドはレグニエ侯爵家に婿入りし、アルメリアの夫としてこの家を支えることが決まった。
「ありがとうございます、お父様。精一杯務めを果たします。」
一方、セレナは小さく唇を噛んだ。
「お姉様、おめでとうございます。」
微笑みながら言ったが、その声にはわずかな硬さがあった。両親も、この婚約は順当なものだと受け止めていた。
それもそのはず、セレナにはすでに別の縁談が進んでいたのだ。しかも相手は若き公爵——王家にも縁のある名門の家だった。
「セレナ、あなたは良縁に恵まれているのだから、姉の婚約を祝福してあげなさい。」
母が優しく諭すと、セレナは何かを押し殺すように微笑んだ。
「ええ、お母様。もちろんですわ。」
しかし、その瞳の奥には、誰にも読めない感情が宿っていた。
アルメリアはそれに気づかぬまま、幸福の兆しに心を弾ませていた。
その日の夕方、セレナの部屋に招かれたアルメリアは、妹の機嫌がどこか悪いことに気付いた。
「お姉様、おめでとうございます。」
セレナは優雅に微笑みながらそう言ったが、その瞳の奥にはどこか影があった。
「ありがとう、セレナ。」
「エドワルド様は、以前お会いしたことがありますわ。とても素敵な方ですのに、お姉様に決まるなんて、少し驚きました。」
セレナは紅茶を口に運びながら、ちらりとアルメリアを見つめた。その言葉に、アルメリアはほんの少し胸の奥がざわつくのを感じた。
「……そうね。私も驚いたわ。」
「でも、お姉様は慎ましく聡明な方ですものね。きっとエドワルド様も、お姉様のそういうところを気に入ってくださるでしょう。」
セレナの声は柔らかかったが、なぜかその言葉がアルメリアには鋭く胸に突き刺さるように思えた。妹の微笑みの裏に隠されたものが何なのか、このときのアルメリアにはまだ分からなかった。
婚約の知らせが公にされると、貴族社会の間で大きな話題となった。特に、アルメリアを知る者たちの間では、驚きと疑問の声が少なからず上がった。
「アルメリア様がレイモンド侯爵家の次男と? まさか。」
「家督を継ぐとはいえ、セレナ様ではなくアルメリア様とは意外ですわね。」
そんな中、正式な顔合わせの場として、エドワルドとの茶会が開かれることになった。侯爵家の次男としての品格を備えた彼と、どのような交流が始まるのか——アルメリアは少し緊張しながらも、未来に対する希望を胸に抱いていた。
だが、彼女はまだ気付いていなかった。
その未来が、セレナの手によって大きく狂わされることになるということに——。




