第三章
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朝食の席で、父がセレナの音楽の才能を称賛していた。
「セレナ、お前のピアノは素晴らしい。宮廷音楽会で披露することもできるだろう」
「ありがとうございます、お父様。」
セレナは微笑みながら答えた。彼女の美しい指が優雅に紅茶のカップを持ち上げる。その仕草一つとっても、母や父にとっては誇らしいものだった。
「セレナならきっと素晴らしい演奏を披露できるでしょう。」
アルメリアは遠巻きにその光景を見つめていた。彼女がもしここにいなくても、何も変わらないだろう。
一方でアルメリアが読書をしていると、母は溜息をついた。
「そんなに本を読んで何になるの? 貴族の娘なら、もっと社交に力を入れなさい。」
アルメリアは静かに本を閉じた。
「……はい、お母様。」
彼女は知識を得ることが好きだった。語学はもちろん、歴史書、詩集、そして実用的な経済学の書物まで。だが、それは母の期待には応えないものだった。貴族の娘として重要なのは、優雅にふるまい、華やかに舞い、ふさわしい相手を見つけること——そう母は考えていた。
午後、庭園での茶会に招かれた令嬢たちが楽しげに談笑していた。
「セレナ様、先日の舞踏会でのドレス、本当に素敵でしたわ。」
「ありがとうございます。母が選んでくださったものなの。」
セレナは上品に微笑みながら応じる。その姿はまさに貴族令嬢の鑑だった。
アルメリアもその輪の中にいたが、ほとんど口を開くことはなかった。彼女が話題に入ろうとすると、いつの間にか話が別の方向へ逸れてしまう。誰も悪意を持っているわけではない。ただ、セレナの存在があまりにも輝かしく、彼女は影になってしまうのだ。
その夜、アルメリアは静かに本を開いた。そこに書かれている言葉だけが、彼女にとっての安らぎだった。
——私は、ただの影なのだろうか?
答えのない問いが、胸の奥で静かに響いた。
ある日、屋敷に贅を尽くした絹や装飾品を扱う商人が訪れた。母とセレナが新しいドレスの生地を選んでいる最中、アルメリアは商人の持ってきた別の品を見ていた。
「これは珍しい香辛料ですね。どこから仕入れたのですか?」
「お嬢様、こちらは南部の港町から運ばれたものです。しかし、最近は交易が滞っていて、品薄になっております。」
アルメリアは興味深げに香辛料を手に取り、考え込んだ。
「交易が滞っている……ということは、南部からの物資全般が不足しているのでは?」
商人は驚いたように頷いた。
「ええ、その通りです。特に穀物の流通が不安定で、一部の貴族が買い占めを始めているとか。」
「それでは、今無理に買い占めず、南部の商人と長期契約を結ぶ方が賢明では? 今後供給が安定すれば、適正な価格で手に入ります。」
商人は感心したように彼女を見つめた。
「お嬢様、お詳しいですね……確かに、その通りです。」
しかし、その会話を横で聞いていた母は冷たい声で言った。
「アルメリア、余計な口を挟まないの。商人相手に賢しげなことを言っても、貴族の娘らしくは見えないわよ。」
アルメリアは静かに口を閉じた。
彼女の知識は正しかった。しかし、それが認められることはない。
数日後、書庫で詩集を読んでいたアルメリアのもとに、家庭教師の老学者がやってきた。
「アルメリア様、先日提出された論文を拝見しました。実に鋭い考察でした。」
「ありがとうございます。」
彼女は微笑んだが、すぐに学者は続けた。
「しかし、惜しいことです。もし貴女が男子であったなら、学問の道で名を成せたでしょうに。」
アルメリアの胸に、冷たいものが広がった。彼女がどれほど知識を積み重ねようとも、それが評価されることはない。
ただ、セレナが微笑めば、それだけで全ての称賛が彼女に注がれるのだ。
——どんなに努力しても、私は誰の目にも映らないのだろうか?




