表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/36

第三十一章

 エヴラールは、公爵家の執務室で書類に目を通しながら、窓の外に視線を向けた。

 中庭では、アルメリアが隣国の使節団と流暢に会話を交わしている。隣国の言葉は癖が強く、貴族でさえ理解できる者は少ない。それを難なくこなし、さらには王女とも親しくなった彼女の才能には、驚かされるばかりだった。

(彼女をここに迎え入れて正解だったな)

 エヴラールは、最初こそ彼女を復讐のための同志としか見ていなかった。しかし、今ではそんな考えが馬鹿らしく思えるほど、アルメリアは公爵家に欠かせない存在となっていた。

 そんな折、執事が静かに部屋へ入ってきた。

「エヴラール様、レグニエ侯爵家のセレナ嬢がお見えです」

 エヴラールの眉がわずかに動いた。

「……誰だって?」

「セレナ嬢でございます。エヴラール様にお話があるとのことですが、いかがいたしましょう?」

 エヴラールは小さく鼻を鳴らした。今さら、何の用だというのか。

「会おう」

 執事が一礼し、セレナが部屋へ案内された。


 セレナは、変わらぬ優雅な微笑みを浮かべていた。かつて公爵家の婚約者となるはずだった女。しかし、彼女はエヴラールとは一度も顔を合わせることなく、突然婚約を撤回してきた。

「お久しぶりですわ、エヴラール様」

「……それで? 今さら何の用です?」

 エヴラールは腕を組み、冷ややかに問いかけた。

「そんなに冷たくしないでくださいませ。私たちは本来、婚約するはずだったのですよ」

「ふっ、それを勝手になかったことにしたのは、そちらの方だったな」

 セレナの笑顔がわずかに引きつる。

「ええ、その件は申し訳なく思っていますわ。でも、今なら分かります。あなたこそが私にふさわしい方だったのだと」

 エヴラールは静かにため息をついた。この女は本当に頭がおかしいのではないか。

「ふさわしいかどうかは、私が決めることです。貴女は当時、私と会うことすらせず、一方的に婚約を撤回してきました。それだけで十分です」

「ごめんなさい、でも、今なら……」

「今さら、何を言おうと無駄です」

 冷たく言い放つと、セレナはわずかに震えた。

「待ってください……アルメリア姉様より、私の方が……」

 その言葉を聞いた瞬間、この女は、まだアルメリアを格下に見ているのかと、エヴラールの瞳が鋭く光った。

「アルメリアの名を軽々しく口にしないでいただきたい」

 セレナは息をのんだ。

「貴女が追い落とした姉が、今どれだけ活躍しているか知っていますか?」

「そ、それは……」

「彼女は今、私のもとで働き、公爵家の発展に貢献しています。自らの力で地位を築いているのです」

 セレナの表情が強張る。

「それに……私はもう、アルメリアを手放す気はありません」

 そう言ったエヴラールの目には、すでに答えが出ていた。

「お帰り下さい、セレナ嬢。二度とここへは来ないで頂きたい」

 ぴしゃりと告げられる。

「君とは二度と会うことはないでしょう」

 そう言い残し、エヴラールはさっさと部屋を出て行った。

 セレナは何かを言いかけたが、エヴラールの冷たい視線を前にして、言葉を飲み込んだ。

 彼女の未来は、完全に閉ざされたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
楽しく読ませていただいてます。 前話の妹と公爵の会話が違うのは、かなり違和感があります。 お互いの視点で書かれているので、それぞれの回想なら受け止め方の違いで多少異なってもおかしくないですが、その時…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ