第三十章
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セレナは、ルーベルト公爵家の屋敷へ向かう馬車の中で、軽く微笑んだ。
「お父様はあてにならないわ。レグニエ侯爵家なんてもういらないわ。やっぱり、私は公爵家に嫁に行けばいいのよ。」
彼女の脳裏には、かつての華やかな未来が思い描かれていた。エヴラール・フォン・ルーベルト――ルーベルト公爵家の嫡男であり、かつて自分が婚約を申し込んでいた相手。本来なら、自分はあの方の婚約者となり、将来は公爵夫人になるはずだったのだ。
だが、あのときはまだ若く、エヴラールの魅力に気づけなかった。結局、身近にいた姉の婚約者であるエドワルドを選び、エヴラールとの婚約の打診を一方的に白紙撤回した。しかし、今になって思えば、それは大きな間違いだった。
エドワルドとの婚約は破棄され、レグニエ侯爵家の評判は地に落ちた。社交界でも冷たい視線を浴びるようになった。けれど、まだ終わりではない。まだ、自分には魅力がある。そして、エヴラールとは婚約するはずであったのだ。
「やり直せるわ」
そう確信しながら、セレナはルーベルト公爵家の扉を叩いた。
「エヴラール様にお会いしたいのです」
応対に出た執事は、わずかに眉をひそめたが、黙ってセレナを客間へ通した。
ほどなくして現れたのは、精悍な顔立ちの青年――エヴラール・フォン・ルーベルトその人だった。
「……突然の訪問とは、何の用です?」
エヴラールの態度は冷ややかだった。しかし、セレナは気にせず、にっこりと微笑んだ。
「お久しぶりですね、エヴラール様。以前のことは……ごめんなさい。でも、今なら分かるの。私はあなたと共にあるべきだったのだと」
エヴラールの眉がわずかに動いた。
「ほう?」
「ですから、私たち、やり直しましょう? あなたにふさわしいのは私ですもの」
自信たっぷりに言うセレナに、エヴラールは小さくため息をついた。
「……ふさわしい、か」
彼は目を細め、まるで目の前の人物をあざけるように見つめた。そして、冷たく告げた。
「君と婚約する気はありません」
セレナの笑顔が凍りつく。
「ど、どうして……? だって、私たち婚約するつもりで……」
「勝手に白紙撤回したのは君でしょう?」
淡々とした口調。しかし、その言葉には冷徹な響きがあった。
「君がエドワルドを選び、私との婚約を撤回した。それは君自身の選択だったはずです。なのに今さら戻りたいとは、都合が良すぎますね」
セレナは必死に言葉を紡いだ。
「そ、それは……そのときは若かったから……でも、今なら分かるの! 本当に大切なのはあなただったって!」
エヴラールは静かに首を振った。
「私は君に好意がまったく持てない」
「えっ……?」
「君には何の魅力もありません。それどころか侮辱されたことに対する怒りしかない。それがはっきり分かっている以上、私は君を生涯の伴侶に選ぶつもりはまったくありません」
その言葉が突き刺さる。
セレナは、ぐっと唇を噛みしめた。
「そんな……だって、私は……!」
「お帰り下さい、セレナ嬢。二度とここへは来ないで頂きたい」
ぴしゃりと告げられる。
「君とは二度と会うことはないでしょう」
そう言い残し、エヴラールはさっさと部屋を出て行った。
残されたセレナは、ただ愕然と立ち尽くす。
完全に拒絶されたのだ。もう、どこにも行く場所がない……!
セレナの胸に、恐怖と絶望が広がっていった。




