第二十六章
レグニエ侯爵家の名声は、王宮のパーティーでの一件以来、急速に崩れ始めていた。
「まさか、王女殿下の前であのような失態をさらすとは……。」
王族の前でのセレナの失言、王女カトリーヌの叱責、そしてアルメリアの毅然とした態度は、噂好きな貴族たちの恰好の話題となった。
特にセレナの失言と母である侯爵夫人の振る舞いは問題視され、社交界での立場が危うくなっていた。これまで親しくしていた家々からの招待状が減り、以前は彼らを持ち上げていた人々も、次第に距離を置くようになった。
「セレナ様のことをあんなに称賛していたのに、今ではもう無視ですの?」
「だって……まさか、あれほど常識を欠いた方だったなんて思わなかったもの。」
「アルメリア様のこともひどい嘘ばかりで、だまされてしまったわ」
貴族社会は移り気だ。誰もが落ち目の者に関わりたくない。
「セレナは侯爵家の令嬢として気品も音楽の才能もありますのよ。跡継ぎとしてなんの問題もありませんわ」
侯爵夫人もまた、娘をかばおうとするが、その言葉に同調する者はもういなかった。訴えるたびに失笑を買う始末だった。
「確かに美しいが……あのような醜い性格では台無しだ。」
「それに、もはや才能があっても、品位がなければ意味がない。」
「侯爵家の娘ともあろうものが、礼儀を欠くとはね。」
「アルメリア嬢を不当に扱っていたのでしょう?実の娘なのに、ね。」
「隣国の王族に叱責されるなんて、我が国の恥ですわ。」
「このままでは、レグニエ侯爵家も終わりだな。」
そんな声が、貴族の間で囁かれるようになった。
人々の冷たい視線が、セレナと侯爵夫人に向けられた。
さらに追い打ちをかけるように、レグニエ侯爵家と取引をしていた者たちが次々と手を引き始めた。
「レグニエ侯爵家には関わらない方がいい。」
「私たちの家まで悪評が広まったら困る。」
これまで盤石に見えていた家門の基盤は、見る見るうちに崩れていった。
そしてついに、侯爵家の財政状況が公に問題視されるようになった。
「どうやら、彼らは莫大な借財を抱えているらしい。」
「それを隠して社交界にしがみついていたのか……。」
こうして、レグニエ侯爵家の没落は決定的となった。
誰もが彼らを見放し、貴族社会の中心から完全に追いやられる日が近づいていた。
また、エドワルドとの婚約の件も問題となっていた。
「レグニエ侯爵家との縁談は、我が家にとってふさわしくない。」
レイモンド侯爵家はついに、正式にエドワルドとセレナの婚約破棄を申し出た。
エドワルドは父であるレイモンド侯爵に呼び出され、書斎へと向かった。
「……父上、話とは?」
彼の問いに、侯爵は静かに重い書類を机に置いた。それは、婚約破棄の正式な文書だった。
「お前には、この意味がわかるな?」
「……婚約破棄、ですか?」
「そうだ。セレナ嬢との婚約は、我が家にとって何の利益ももたらさない。それどころか、彼女の振る舞いは我が家の名誉に傷をつける恐れがある。」
エドワルドは拳を握りしめた。確かに、最近、彼はセレナと距離を置いていた。だが、ここまで急激に評価が落ちるとは思っていなかった。
「父上……婚約の決定は、家同士の結びつきを考えてのことではなかったのですか?」
「あんな家に婿入りしてもメリットは何もないだろう。しかも今や、レグニエ侯爵家は没落の一途を辿っている。我々がこの縁談を続ける理由は何もない。せめて婚約者がアルメリア嬢のままであれば、まだ見込みはあったのだがな」
レイモンド侯爵の声は冷徹だった。
「お前も理解しているだろう? セレナ嬢には何の価値もないことを。」
エドワルドは言葉を失った。彼自身、最近のセレナの行動に疑問を抱きつつあった。特にアルメリアとの再会後、セレナの振る舞いがどれほど幼稚で、見苦しいものだったかを思い知らされていた。
「それとも、お前はまだセレナ嬢を選ぶつもりか?」
父の問いに、エドワルドは何も答えられなかった。
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