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第一章

 アルメリアは刺繍をしていたが、母の鋭い声が彼女の手を止めた。

「アルメリア、もっと背筋を伸ばしなさい。そんな姿勢では貴族の娘として恥ずかしいわよ。」

 彼女は反射的に背筋を正した。母の視線は氷のように冷たい。

「お母様、アルメリア姉様も頑張っていますわ。あまり厳しくなさらないでください。」

 優雅に紅茶を口に運ぶセレナが、微笑みながらそう言う。その声音は甘やかで、母はすぐに柔らかな表情に変わった。

「セレナは優しい子ね。あなたはほんとに自慢の娘よ。」

 アルメリアは無言のままうつむいた。いつものことだった。セレナは家族の宝であり、自分は影に追いやられる存在——それが私の立ち位置だった。

 アルメリアは次期当主として、婿を迎えて家を継ぐことが決められていた。レグニエ侯爵家には男子がいないため、長女である彼女が家名を守る責務を負っていた。しかし、その話題が家族の会話に上ることは少なく、むしろセレナの将来の方が重視されているように感じられた。

 その日の午後、母の付き添いで町へ出た。貴族の令嬢としての作法を学ぶためという理由だったが、アルメリアにとっては気の重い時間だった。

「お母様、こちらの布地などいかがでしょう?」

 セレナが鮮やかな刺繍の施された布を手に取り、母に見せる。母は満足げに頷いた。

「セレナの目は確かね。では、それを買いましょう。」

 アルメリアも同じように選ぼうとしたが、母の視線は彼女をみることなく通り過ぎた。

「アルメリア、あなたはもう少し選び方を学ぶべきね。貴族の娘ならば、洗練された感性を持たないと。」

「……はい、お母様。」

 彼女は静かに布を元の場所へ戻した。セレナが微笑みながら彼女の手をそっと握る。

「気にしないで、お姉様。私が選んだものを分けてあげますから。」

「……ありがとう。」

 その優しさが、アルメリアには時折残酷に感じられることがあった。

 夕刻、屋敷へ戻ると、客間には見知らぬ貴族の男性が座っていた。彼は侯爵家の家臣であり、姉妹の縁談について話しに来たのだという。

「セレナ様には、若き公爵様との縁談がございます。家門の繁栄にとっても、大変名誉なことです。このお話を進めさせていただいてよろしいでしょうか。」

 母と父は喜びを隠さず、セレナもはにかんだ笑みを浮かべる。

「光栄ですわ。」

 しかし、アルメリアには何の話もなかった。

「アルメリアには、まだよい縁が見つかっておりませんが、仕方のないことです。」

 母の言葉が、静かに彼女の心に刺さった。

 その夜、アルメリアは独り、月明かりの下で庭を歩いた。

「私は、いったい何のためにここにいるの……?」

 誰にも言えない疑問が、彼女の胸の奥に静かに沈んでいった——。

お読みいただきありがとうございます。

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