第十八章
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アルメリアが幸福な日々を送る中、レグニエ侯爵家には少しずつ暗雲が立ち込めていた。
侯爵家の屋敷では、当主であるレグニエ侯爵とその妻アナスタシアが深刻な表情で向かい合っていた。目の前には山積みになった報告書と未処理の書類の束。どれも侯爵家の財政や領地の管理に関する重要なものばかりだった。
「セレナ……まだこれに目を通してもいないのか?」
レグニエ侯爵が深いため息をつきながら呟いた。彼は娘であるセレナに、侯爵家の運営について学ぶようにと何度も指示を出していた。しかし、彼女は一向にそれに取り組もうとしなかった。
「仕方がないでしょう? セレナは女の子ですもの。そう言った仕事は難しいわ。」
アナスタシアはそう言ってセレナを庇った。しかし、侯爵は不満げに首を振る。
「それは言い訳だ。アルメリアは若くしてしっかりと学び、私の補佐もしていたのだぞ。」
その言葉にアナスタシアの表情が曇る。アルメリアの名を出されることが、今や彼女にとって不快なことになっていた。
「アルメリアのことを持ち出すのはやめてください。セレナはセレナなりのやり方があるはずですわ。」
しかし、侯爵の目には娘の姿勢が危うく映っていた。セレナは着飾ることばかりに気を取られ、社交の場でも表面的な会話に終始している。アルメリアがいた頃のように、家の名誉や財政について考えることはなくなりつつあった。
「最近のセレナを見ていると、不安になる」
侯爵のつぶやきに、アナスタシアは言葉に詰まる。彼女自身も、セレナが社交の場でちやほやされることに夢中になり、家のことを顧みないことには気づいていた。しかし、それを認めることができなかった。
「セレナは……皆に愛される存在ですもの。それに、エドワルド様も婿としていらっしゃるのだから、大丈夫ですわ。」
そう言いながらも、アナスタシアの心にはわずかな不安が残っていた。
一方、エドワルドもまた、日々募る違和感に苛まれていた。
彼はレイモンド侯爵家の次男として生まれ、レグニエ侯爵家に婿入りすることで家の発展を担う立場となった。かつてはアルメリアとの婚約が決まっていたが、それが解消され、代わりにセレナと婚約することになった。
正式な婚約者となったセレナは、以前にも増して華やかな社交に励んでいた。舞踏会では美しく着飾り、人々の注目を集めていた。しかし、彼女と話していると、どこか物足りなさを感じるのだった。
「エドワルド様、このドレス、似合いますでしょう?」
セレナは嬉しそうに、新しいドレスを彼に見せた。確かに美しい。しかし、彼女の関心は自分を飾ることだけで、未来の領地運営や侯爵家の務めについて語ることはなかった。
「素敵ですよ。」
エドワルドは微笑んでみせたが、内心ではうまく言葉が出てこなかった。
ふと、セレナが楽しげに別の貴族の令息と談笑している場面を目にする。彼女は気にする様子もなく、彼と親しげに微笑みながら話していた。その姿に、エドワルドの胸の奥がざわめいた。
(どうして彼女は、私との時間よりも他の男たちと話すことに夢中になるのだろう?)
かつてアルメリアと過ごした日々を思い出す。彼女は決して目立つことを求めず、むしろ堅実に家のことを考えていた。最初の頃は、舞踏会でも、エドワルドとともに人々と交流し、意義のある会話を交わしていた。
「そういえば、エドワルド様。最近、ルネ子爵家のパーティーでお会いした方がね……」
セレナの声が耳に入る。しかし、その話題はルネ子爵の息子が彼女をどれほど褒めたか、どんな宝石をプレゼントしてくれたかといったものばかりだった。
「それでね、彼が私に『セレナ様ほど美しい方にお目にかかるのは初めてです』って……エドワルド様、聞いてる?」
「……ああ、聞いていますよ。」
彼は微笑みながら答えたものの、心の中にはもやがかかっていた。
(どうして以前の私はセレナといて、あれほど心が躍っていたのだろうか……)
彼はレグニエ侯爵家の未来を背負う立場だ。しかし、今のセレナとともにその未来を築けるのだろうか。その疑問が、日増しに大きくなっていく。
侯爵夫妻の不安、そしてエドワルドの迷い。それらが交差し、レグニエ侯爵家はゆっくりと、しかし確実に歯車が狂い始めていた。




