第十六章
エヴラールと共に隣国の王都を訪れたアルメリアは、活気あふれる市場の光景に目を輝かせていた。
「すごい賑わいですね。やはり異国の文化は興味深いです。」
「そうだな。王都だけあって、交易も盛んなようだ。」
エヴラールと共に市井の人々に紛れ、各国から運ばれた品々を眺めながら歩くアルメリアは、いつの間にか、以前の息苦しい貴族社会では味わえなかった自由を感じていた。
そんな時、人々の間に小柄な少女の姿が見えた。彼女は焦った様子で周囲を見回している。
「……どうしましたの?」
アルメリアは自然と足を止め、少女に声をかけた。少女は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに困ったような表情を浮かべる。
「えっと……財布を落としてしまって……護衛ともはぐれてしまったの。」
その身なりは質素ではあったが、言葉遣いや佇まいにどこか育ちの良さを感じさせた。だが、それ以上にその瞳には幼さとは違う知性が宿っている。その時、少女のお腹が小さく鳴いたのが聞こえた。
「それはお困りでしょう。とりあえず何か召し上がりませんか? 立ち話では落ち着かないでしょう。」
そう言いながら、アルメリアは近くのパン屋へと少女を連れて行き、焼き立てのパンを手渡した。
「いいの?」
「ええ、お気になさらずに。お腹が空いていては考え事もできませんでしょう?」
少女は驚いたようにアルメリアを見つめた後、にっこりと笑い、「ありがとう」と礼を言ってパンをかじった。
「あなた、旅の人なの?」
「ええ、少しこの国を見て回っているのです。」
「私はカトリーヌ。ただの商人の娘よ。」
どこかぎこちない名乗りに、アルメリアは微笑んだ。
「私はアルメリアです。ここには見聞を広めるために来ました。異国の文化を知るのはとても楽しいことですわ。」
「ふふっ、あなたって少し変わってるわね。」
そう言って笑う少女に、アルメリアもつられて微笑む。
それからしばらく、二人は市場を巡りながら会話を楽しんだ。アルメリアが異国の言語や風習について語ると、カトリーヌは興味深そうに耳を傾け、時折鋭い質問を投げかけてきた。
「アルメリアって、本当は貴族の令嬢なの?」
「ええ、……ですが、今はただの旅人ですわ。」
「旅人……ね。」
カトリーヌは意味ありげな表情を浮かべたが、それ以上は何も言わなかった。
しばらくすると、遠くから数名の騎士たちが駆け寄ってきた。
「カトリーヌ様! ようやくお見つけしました!」
「!」
アルメリアは驚いた。騎士たちは明らかに王宮の者たちだ。その中心にいた壮年の男性がカトリーヌの無事を確認すると、深く頭を下げた。
「申し訳ございません。まさか護衛を振り切って市場に出られるとは……!」
その言葉を聞いた瞬間、アルメリアは目を見開いた。
「……王女殿下?」
「……あら、バレちゃった?」
カトリーヌは小さく舌を出し、困ったように笑った。
「申し訳ございません、王女殿下とは知らずご無礼を…。」
「ごめんなさい、驚かせるつもりはなかったの。でも、こうして普通に話せる相手って、なかなかいないのよ。」
彼女はどこか寂しげに微笑んだ。
「アルメリア、また会いましょうね。」
そう言い残し、カトリーヌは護衛たちと共に去っていった。
アルメリアはその背中を見送りながら、奇妙な縁の始まりを感じていた——。




