第十三章
ルーベルト公爵家の迎えの馬車に揺られながら、アルメリアは無の表情で窓の外を見つめていた。使用人として差し出されたのだという事実が、彼女の心に重くのしかかっていた。
だが、馬車が公爵邸に到着すると、彼女の想像とはまるで異なる光景が広がっていた。
「ようこそお越しくださいました、アルメリア様。」
邸の前で待ち構えていたのは、格式のある侍従長と、整然と並ぶ使用人たちだった。その誰もが彼女に対して敬意をもって接している。
「……使用人としてではないのですか?」
思わず口にした問いに、エヴラールが静かに微笑んだ。
「貴女を侮辱するような真似はしません。私の仕事のパートナーとして、相応の待遇を用意しています。」
そうして案内された部屋は、まるで高貴な姫君が過ごすかのような豪華な調度品に彩られていた。
「ここが……私の部屋?」
信じられないと呟くアルメリアに、侍従長は穏やかに微笑んだ。
「公爵閣下のご意向です。そして、こちらは貴女の新しい衣装の一部でございます。」
目の前に広がったのは、上質なシルクや刺繍が施されたドレスの数々。どれも洗練されたデザインで、アルメリアがこれまで身に纏ってきた地味な服とは比べ物にならないものばかりだった。
「貴女には、貴女に相応しい姿になっていただきたいのです。」
エヴラールの言葉に導かれるように、アルメリアは新たな衣装に袖を通した。
侍女たちが整えた髪は、美しい波を描き、淡い色合いのドレスが彼女の肌を引き立てる。鏡に映る姿を見て、アルメリアは息をのんだ。
「これが……私?」
これまで鏡に映るのは、どこか自信なげな表情をした自分だった。しかし、今目の前にいるのは、凛とした美しさを湛えた女性。
(セレナと私は、もともと双子……。彼女が美しいのならば、私だって……。)
今まで気づかなかっただけなのかもしれない。
「似合っていますよ。」
エヴラールが満足そうに微笑む。
「これから、貴女には公爵家の者として相応しい知識と教養を身につけていただきます。ただの使用人ではなく、私のビジネスパートナーとして。」
アルメリアは静かに頷いた。
(もう、以前の私ではない——。)
こうして、彼女の新たな人生が幕を開けたのだった。
アルメリアの生活は、以前とは一変した。
公爵家の指導のもと、彼女は礼儀作法や舞踏、所作といった淑女としての教養を学び始めた。優雅な仕草や言葉遣いを学ぶことで、彼女の佇まいはますます自信に満ち洗練されていく。
それだけではない。アルメリアは幼い頃から語学に秀でていた。もともと五か国語を理解し、会話することができたのだが、実家ではその能力を披露する機会はなかった。
だが、公爵家では違った。
「まさか、ここまで流暢に話せるとは……!」
ある日、公爵家を訪れた隣国の使節が驚嘆の声を上げた。
アルメリアは、彼らの言葉で丁寧に応対し、場を和ませるだけでなく、交渉の場においても適切な通訳を務めた。
「これは素晴らしい。公爵閣下、貴家にはこれほどの才媛がいらっしゃったとは……。」
その評判は瞬く間に広がった。
「ルーベルト公爵家には、才気あふれる美しき女性がいる」
「異国の言葉を操り、優雅に振る舞う彼女の姿は、まるで高貴な姫のようだ」
アルメリアの名は、少しずつ社交界に浸透し始めていた。
そんな彼女の変貌ぶりに、屋敷の使用人たちもまた、優しく見守り、自然と彼女を慕うようになっていた。
「アルメリア様、少し休憩なさって下さい。」
「お茶のおかわりはいかがですか?」
「少し肌寒いですので、肩掛けをお持ちしましょうか?」
思いがけず好意的な扱いを受けることに、アルメリアは戸惑いながらも、どこか心が温まるのを感じていた。
(こんなふうに、誰かに優しくされるなんて……。)
レグニエ侯爵家にいた頃には考えられなかったことだった。
こうしてアルメリアは、ただの「見捨てられた娘」ではなく、「才ある貴婦人」としての新たな道を歩み始めたのだった。




