第十一章
エヴラール・フォン・ルーベルトは静かにワイングラスを傾けながら、アルメリアを見つめていた。その瞳には冷静さと、何か別の感情が混じっていた。
「アルメリア様、貴女はずいぶんと冷遇されていますね。」
彼の言葉に、アルメリアの指先がわずかに震えた。彼女はすでに何もかもを失っていた。婚約者も、家族の信頼も、社交界での立場も——
「……そうですね。」
それ以上、何を言うことがあるだろう?
「貴女の境遇を知り、ひどく不快に思いました。」
エヴラールはワイングラスをテーブルに置き、ゆっくりとアルメリアへと身を乗り出す。
「レグニエ侯爵家は、私との縁談を持ちかけながら、一方的に白紙とし、さらに私は何の説明も受けていません。侮辱だと思いませんか?」
アルメリアは驚いたようにエヴラールを見つめた。彼の表情は落ち着いているものの、その言葉には静かな怒りが宿っていた。
「……それは、申し訳ありません。私の父の勝手な判断です。」
「ええ、その通り。しかし、私はその理不尽な決定に納得してはいません。もちろん、セレナ嬢と婚約したいという訳ではありません。だが、それ以上に、貴女の扱われ方があまりに不当だと感じています。」
エヴラールはアルメリアの手を取る。その手は冷たく、彼女の心の内を映し出しているかのようだった。
「アルメリア嬢、私は貴女を評価しています。」
「……私を?」
「貴女は五か国語を理解し、膨大な知識を持っている。それを社交界や家族は決して認めようとしないが、それは彼らの目が曇っているからだ。」
アルメリアの心に、かすかに光が差し込むような感覚があった。彼女の努力を知る者が、ここにいる。
「私は……もう何もできないかもしれません。」
「それは違います。貴女には、まだ選択肢がある。」
エヴラールの言葉には確信があった。
「私と共に来ませんか?」
アルメリアの心臓が大きく跳ねた。
「……どういう意味でしょう?」
「貴女はレグニエ侯爵家に見捨てられた。ならば、貴女も彼らを見限るべきだと思いませんか?」
アルメリアは息をのんだ。
「私はレグニエ侯爵家とセレナ、そしてエドワルドに対する復讐を考えています。もちろん、暴力的なものではありません。貴族の世界で最も効果的な方法で、彼らをあの地位から引きずり下ろす。」
エヴラールの言葉は静かだったが、そこには強い意志があった。
「貴族社会は、知識と財力、そして信用がすべてです。貴女の知識と私の立場があれば、彼らを失墜させることは不可能ではありません。」
「……私に、そのようなことができるでしょうか?」
「できます。貴女はただ、これまで通り努力すればいいのです。違うのは、その努力を正当に評価する者がそばにいるということ。」
アルメリアは俯いた。彼の言葉があまりにも甘美に響いたからだ。
(私が、私のままでいられる世界……。)
「どうしますか?」
エヴラールが問いかける。
アルメリアは静かに息を吐き、顔を上げた。
「……私も、貴方と共に行きます。」
エヴラールは満足そうに微笑んだ。
「では、これからが本当の幕開けですね。」
アルメリアの新たな人生が、そして復讐の物語が始まろうとしていた——。
お読みいただきありがとうございます。
よろしければ応援お願いします!




