第十章
婚約が解消され、家の後継ぎの座まで奪われたアルメリアだったが、屋敷の雰囲気は大きく変わることはなかった。元々、皆がセレナをもてはやし、彼女を中心に回っていたのだ。ただ、アルメリアの居場所が完全になくなったというだけだった。
朝食の席でも、両親はセレナとエドワルドの話ばかりしている。
「エドワルド様とセレナは本当にお似合いだな。まるで運命に導かれたようだ。」
「ええ、本当に。セレナがこの家を継ぐのは当然の流れだったのかもしれませんわ。」
まるでアルメリアなど最初から存在しなかったかのように、両親は話す。彼女の席があることさえ忘れられているようだった。
社交界でも、それは同じだった。
華やかな夜会が開かれると、セレナはまるで主役のようにもてはやされた。彼女に群がる人々は、先日の婚約解消を当然のことと考え、誰もアルメリアに同情すらしなかった。
「やはり、セレナ様こそふさわしい方でしたわね。」
「アルメリア様とでは、エドワルド様が物足りなく思うのも仕方ありませんわ。」
まるで、最初からアルメリアには資格がなかったかのように人々は囁く。
彼女に近づこうとする者は誰もいなかった。話しかけられることもなく、ただ孤独にシャンパングラスを握りしめるだけだった。
周囲の笑い声や楽しげな音楽が、遠くで響いているように感じる。
(……私は、もういらない存在なのね。)
それが、痛いほどにわかった。
「アルメリア様」
不意に、聞き慣れない声がした。
顔を上げると、目の前に立っていたのは、一人の青年だった。漆黒の髪に鋭い眼差しを持つ、美しい貴族の青年。
彼はゆっくりと微笑み、優雅に頭を下げた。
「初めまして、アルメリア様。私はエヴラール・フォン・ルーベルト。少しお話しできるでしょうか?」
その名前を聞いた瞬間、胸がざわめいた。
(エヴラール・フォン・ルーベルト……?)
それは、かつてセレナとの縁談が進められていた、公爵家の当主の名だった。
アルメリアは戸惑いながらも、エヴラールの視線を避けることができなかった。彼の目は冷静でありながら、どこか鋭い光を帯びていた。
「……どうして、私に?」
「どうして、とは?」
エヴラールは微笑を浮かべたまま、静かに言葉を続ける。
「貴女に興味があるからですよ。貴女が社交界でどのように扱われているのか、少し気になっていました。」
「私が……?」
「ええ。もともと、私はセレナ嬢と婚約する予定でした。しかし、突然の撤回と新たな恋愛劇……正直、不愉快ですね。」
その言葉に、アルメリアの心がざわついた。まるで、彼はこの状況を観察し、何かを探っているようだった。
「それに……貴女は、自分の価値をもう見失ったと?」
エヴラールの言葉は、アルメリアの胸を鋭く突いた。
「私は……」
彼は、ゆっくりと手を差し伸べた。
「貴女の話を聞かせてください。貴女がこれまで何を失い、これからどうするつもりなのか——。」
アルメリアは戸惑いながらも、その手を見つめた。
「実は、私はレグニエ侯爵家のことを調べていました。」
「……レグニエ侯爵家を?」
「ええ。婚約の話をいただいたのです、当然でしょう。そこで貴女のことに興味が湧きました」
アルメリアの目が見開かれる。
「貴女は五か国語を理解し、会話もできると聞いています。しかし、それを公にしていない。なぜです?」
「……そんなことまで。」
「侯爵家の長女として、それだけの知識を持ちながら、なぜ隠されているのか、不思議でなりません。」
エヴラールの言葉は真剣だった。
「私が調べた限り、貴女は幼い頃から学問に秀でていた。知識においても、貴族の令嬢としての教養においても、申し分ない。しかし、それがなぜか評価されていない。」
アルメリアは言葉を失った。
「……貴女は、私の知っているレグニエ侯爵家の誰よりも優秀なはずだ。それがなぜ、このような扱いを受けているのか、私には理解できません。」
エヴラールの瞳が真っ直ぐにアルメリアを見据える。
「だから、もっと貴女のことを知りたいのです。」
彼の言葉は、アルメリアの胸に深く響いた。




