第九章
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数日後、アルメリアは両親に呼び出され、応接室へと足を運んだ。緊張しながら扉を開けると、そこにはエドワルドとセレナが並んで座っていた。
「お姉様……申し訳ありません……」
セレナが涙ぐみながらそう言った瞬間、アルメリアは胸の奥が締めつけられるのを感じた。セレナの美しい顔には、深い悲しみが滲んでいた。
「アルメリア嬢。」
エドワルドがゆっくりと口を開く。
「私は……この婚約を解消したいと考えています。」
その言葉が放たれた瞬間、アルメリアの視界が揺らいだ。手元が震え、何かを掴もうとするが、何も掴めない。
「……どうして?」
必死に声を絞り出す。すると、エドワルドは静かに目を伏せ、まるで最初から決まっていたかのように言った。
「私の心は、セレナ嬢に向いてしまった。もう自分の心に嘘がつけないのです。」
「そんな……」
アルメリアが呆然とする中、セレナは悲しそうに顔を伏せ、震える声で言った。
「お姉様、ごめんなさい……私、そんなつもりじゃなかったの……でも……でも、私もエドワルド様が……」
涙を零しながら、セレナは両手を胸に当てた。その姿はまるで、悲劇のヒロイン、悲恋に苦しんでいるかのようだった。
「セレナ……」
アルメリアの両親は、その姿を見て深くため息をついた。
「アルメリア、お前も分かっているだろう。」
父が静かに語りかける。
「無理にこの婚約を続けるのは、お互いにとって良くない。お前に魅力があれば、エドワルド君の心が揺らぐことなどなかったはずだ。」
「そ、そんな……私は……!」
「アルメリア、わがままを言わないで。」
母が冷たく言い放つ。
「セレナを責めるのはお門違いよ。あの子はただ、エドワルド様にとって魅力的だっただけでしょう?」
「お姉様、私が身を引くべきなら……」
セレナが震える声で言うと、エドワルドはすぐに彼女の手を取り、優しく囁いた。
「そんなことを言わないでくれ、セレナ。私は君と共にいたいんだ。」
その言葉を聞いた両親は、顔を見合わせ、静かに頷いた。
「それならば、決まりだな。」
父が言い切った。
「アルメリア、お前は婚約を解消しなさい。エドワルド君には婿入りして我が家を支えてもらうのは変わらない。そうなると、当然、後継者は、セレナになる。」
「……え?」
アルメリアは耳を疑った。
「やっぱりセレナの方がふさわしいわ。」
母は淡々と続ける。
「社交界でも高い評価を得ているし、安心だわ。貴女よりも、ずっとね。」
「そんな……!」
アルメリアの絶望は、もはや言葉にならなかった。婚約だけでなく、跡継ぎの座までも失う。彼女はこれまで、家のために、両親の期待に応えるために、日々努力を重ねてきた。語学、礼儀作法、経済、外交、どれも人知れず学び続け、家の未来を担う覚悟をしてきた。
だが、それらの努力は、すべて無意味だったのか。
「お姉様……私は……本当に申し訳ないの……私はただ、お姉様のためにエドワルド様と仲良くしようとして……気づいたら……」
セレナはうつむきながら、苦しそうに言葉を紡いだ。
「好きになってしまったの……でも、それはお姉様のために頑張ったからなのよ……」
まるでアルメリアのせいで、彼女の心が動いてしまったかのような言い方だった。
アルメリアの唇が震えた。最後の意地で、なんとか問い詰めようとする。
「……じゃあ、セレナ。あなたの婚約はどうなるの?」
そう。セレナにはすでに別の縁談が進んでいたはずだった。しかも相手は、王家にも縁のある名門の若き公爵——。
「それは……」
セレナは涙を拭いながら、まるで耐えきれないかのように言った。
「私は……真実の愛を見つけてしまったの……。婚約者様は素晴らしい方らしいけれどまだ顔もあわせていないわ。それに心は偽れなくて……。」
「だからって、そんな勝手な——!」
「やめなさい、アルメリア!」
母の厳しい声が響いた。
「セレナの気持ちを無視するつもり? 真実の愛を見つけたのなら、それを祝福するのが家族でしょう?」
「そうだ。セレナには、彼女が選んだ未来を歩ませる。セレナの婚約の話はまだ確定していない。なかったことにしてもらおう」
父も頷き、まるで何事もなかったかのように話を進める。
アルメリアの視界が滲んだ。
家族は、最初からセレナの味方だった。私の未来などどうでもいいのだ。
「お姉様、私……きっとこの家を守りますわ。」
その言葉が、アルメリアにとどめを刺した。




