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2 すべて捨ててうちにくれば

 店の外に出てゲイバーのオーナーに電話をかけた。オーナーは非番で、新宿の自宅に一人で暇をしていた。


 僕は今からこっちに遊びに来ないかと誘った。オーナーははじめ渋っていたが、元プロのキックボクサーと飲んでいると僕が話すと興味を抱いたらしく、すぐタクシーで行くと言った。僕はジョナサンS駅前店にいると言った。オーナーは小一時間で着けるだろうと言って、電話を切った。


 席に戻った。オーナーが来ることになったとルイさんに伝えると、ルイさんがそれは楽しみだと喜んだ。そうして


「Uちゃん、もう遅いから帰ったら? お母さん心配するだろ」


とUちゃんに向かって言った。Uちゃんは、


「だいじょうぶです」


と言って聞かない。


「でもなあ、明日学校だろうし――」


「じゃあ」


 Uちゃんが意を決したように言った。


「ルイさんの連絡先、教えてもらえませんか」


 僕は端で見ながらおやおやと思った。そうしていつも通り女性にモテるルイさんに対して多少嫉妬した。


 ルイさんは僕の左隣の椅子席に脚を組んで座っていた。元K1ファイター、魔裟斗選手の若いころを彷彿とさせる風貌をしていた。つまり肌を日焼けサロンで小麦色に焼き、長めの髪を金色に染めていた。普段はその髪をワックスで逆立て、派手にセットしているのだが、この時は風呂に入った後だったため髪は下ろしていた。


 プロキックボクシングの日本ランキングで一位になったこともある彼は、当たり前だが引き締まった良い体をしていて、ブランド物のTシャツの袖から小気味よく筋肉の付いた二の腕をのぞかせていた。顔は面長で鼻が高く、鋭い目をしている。ただ残念なことに、現役時代に顔を殴られすぎた影響で目の周りが腫れていて、それが顔の端正さをいささか減じさせていた。


 そのいかつい風貌に似合わず人に優しく愛嬌のある性格をしていた彼は、不良好きのキャバクラ嬢などに非常にモテ、しょっちゅうそういった女性とデートしたり、付き合ったりしていた。Uちゃんもこの夜完全にルイさんにやられてしまったわけである。


 ルイさんはUちゃんからの連絡先交換の申し出をやんわり断った。


 Uちゃんは断られると思っていなかったらしく、びっくりした様子で「なんでですか?」とまつ毛をしばたたかせて言った。


「だってUちゃん今いくつ?」


「十七です」


「だろ? 俺三十だよ? そんな年下の子とこれから会ったり、できるわけないだろ。高校の同級生とか、そういう年頃の男とちゃんと付き合いな」


 Uちゃんは一瞬黙ってから反論した。


「学校は女子校なんです。要するに未成年だからダメだってことですか? でもルイさん、法律に触れる触れないで物事の良し悪しを判断しない、みたいなことさっき言ってじゃないですか。だったら私が未成年でも関係ないじゃないですか」


「そりゃそう言ったけど」


 ルイさんは困ったような表情を浮かべた。


「今彼女とかいるんですか」


「うん? いないけど」


「じゃあいいじゃないですか」


 Uちゃんはなかなか粘り強かった。僕が想像するに、これまで枕営業をしていて男からアプローチを受けまくってきた中で、ルイさんが引いて構えて全然自分に興味を持たないので、返ってやっきになってしまったのだろう。


 ルイさんは苦笑して、とにかく連絡先は教えない、もう帰りなと諭した。


「連絡先教えてくれるまで帰りません」


 Uちゃんは依怙地にそう言った。ルイさんはそりゃ困ったな、なあぐっちょん、ハハハ、と笑った。


 Uちゃんが居座ってしまったので仕方なくそのまま三人で話をしながらオーナーの到着を待った。ルイさんとUちゃんは僕とオーナーとの関係についてしきりに聞いてきた。要するに体の関係があるかどうかに興味があるらしい。僕はそういうことはしていない、ただゲイバーで安く飲ませてもらっているだけだと言った。するとルイさんが、


「でもぐっちょんのことてっきりそういう人だと思ってたけどなあ」


としみじみ言った。


「そういう人ってどういうことですか」


と僕が言い返すと、今度はUちゃんが、


「そうですよね、お兄さんそっちの人にすごくモテそうだなって、私も思ってました」


と言うので、僕はうんざりしながら、


「なんでだよ。俺は普通に女の子が好きだよ」


と返した。


 本当はオーナーには、迫られて一、二度ディープキスをされたことがあるのだが、それは伏せておいた。


 そこで僕から見て左手にある店の入り口から、白いシャツを着たオーナーが入ってくるのが見えた。オーナーは案内に出てきた店員に何か言って立ち止まり、店の左右を振り見た。僕はこちらに気づくよう手を挙げた。オーナーが僕に気づいた。


 オーナーは若干強ばった面持ちでこっちにツカツカやって来た。残暑が厳しいというのに茶色の革靴を履いていた。

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