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それから三人でしばらく談笑した。
用が済んだのでUちゃんには帰ってもらって構わなかったのだが、Uちゃんは完全にルイさんに興味を抱いてしまったらしく、なかなか帰ろうとしなかった。こちらから食事に誘ったわけで、もう帰れとも言いづらい。僕とルイさんは長尻になることを予想して、ビールを頼みはじめた。Uちゃんは自分も飲みたいと主張したが、ルイさんがそれを許さなかった。
そうして二十分ほども過ぎると、すっかりUちゃんとの会話の種も尽きてしまった。間延びした沈黙が、僕たちのテーブルを襲った。
「あーあ」
僕が左隣を見ると、ルイさんが伸びをした。
「なんかおもしれえことねーかなあ!」
マンションを出る前に言ったことと全くおんなじ台詞を吐くルイさんに、僕はおかしみを覚えた。
「……マリファナでも吸いに行きます?」
いたずら心から僕は言ってみた。向かいでUちゃんがキュッと体を硬くしたのが分かった。ルイさんは伸びをした状態で固まってこっちに視線を送り、
「本気で言ってんの?」
と言った。
「はあ、赤羽まで歩けば僕の知ってるディーラーがいるので」
「ぐっちょん、お前まだそんなことやってんの?」
ルイさんの声がいつになく厳かだったので、僕はさすがに冗談が過ぎたと思った。
「冗談ですよ、冗談。もうそういうことはやってませんし――」
「赤羽のディーラーがどうこうってのは?」
「いやだからそれも冗談で。それにマリファナくらい大したことじゃありませんって、麻薬だってケミカルじゃなければ」
「お前なあ、いいかげんにしろよ! マリファナだかケミ、ケミカル? だかよく知らねえけど、未成年の女の子がいる前だぞ!」
「だから冗談ですって!」
「冗談でも言っていいことと悪いことがあんだよ!」
「私のために」
そこでUちゃんが小さく叫んだ。
「喧嘩しないでくださいっ!」
気付くと、僕たちの席には周囲から迷惑そうな視線が集まっていた。
「……ごめん」
とりあえず小さな声で、二人同時にUちゃんに謝った。
それから再び「おもしれえことねーかなあ」とルイさんがくり返しはじめたので、僕は真剣に対応策を練った。
「誰か呼びます? ナーガ(僕とルイさんの在籍しているキックボクシングジムの名前)の人でも」
「日曜の夜七時半だぞ? 誰もこねーだろ」
「いやでも誰かしら――」
僕はそう言いながらスマートフォンのアドレス帳をア行から見ていった。
「あ」
アドレス帳のサ行のところで、僕の指が止まった。
「何?」
ルイさんが聞いた。
「僕、いきつけのゲイバーが二丁目にあるんですけど」
「うん」
「そこのオーナーがすごく僕によくしてくれるんですね。自分で言うのもなんですけど、好意を持たれてるらしいというか」
「うん」
(そうルイさんが相づちを打つあいだ、Uちゃんが若干引きぎみに僕を見ていた)
「オーナーは店主も兼ねてるんですけど、最近店には出たり出なかったりで。もしかしたら今日非番かも知れません。多分、暇だったら呼べば来ると思うんですよ、このオーナー。……呼んでみます?」
「その人ってゲイなの?」
「もちろん。もうおじいちゃんなんですけど、なんだか男性経験三百人超えてるって言ってます」
ルイさんは椅子の背もたれにもたれかかっていた上半身をしゃきっと起して、
「それおもしろそうじゃん」
とうれしそうに言った。