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4 女子高生に心から「気持ち悪い」と言わせる方法

 遅い時間の訪客に(時計を見るともう十一時近かった)皆不審げになり、三人は泣くのをぴたりと止めた。僕はグラスを置いて座布団から立ち上がった。酔いで足どりを少々乱しながらインターホンの受信機にたどり着いた。


 しかしモニター画面は暗く、何も映っていなかった。おかしいなと思いつつ通話ボタンを押すが、やはりモニターには何も映らない。


(あれ? じゃあ、エントランスじゃなくてこの部屋の玄関のドアチャイムだ。でもエントランスからのチャイムは確かに鳴らなかったのに――)


 そんなことを酔った頭で考え、リビングの奥で抱き合いつつこちらの様子をうかがっている皆に、


「あれ? エントランスからのインターホン、鳴ってないですよね?」


と声を張って尋ねたところで、


ピンポン


 もう一度インターホンが鳴った。更には間を置かず玄関の方で、


ガチャッ バタン


と、明らかにドアを開閉する音がしたのである。


(えっ?)


 僕は混乱した。そしてよく考えると、さっき歌穂を部屋へ上げた時、どたばたしていてつい玄関の鍵を閉め忘れたのに思い当たった。


(誰だろう)


 慌てて僕は玄関へつづく廊下に向かった。


 廊下へつながるドアを開けると、廊下の向こう、玄関の靴脱ぎ場に背のスラリと高い男がいるのが見えた。男はそこに置いてある歌穂のワインレッドのスーツケースに片手を置いてなでていた。


「やっぱりここだったな」


 男はぼそっと呟いた。


 僕は一瞬頭がフリーズした。男は四十歳前後といったところで、黒と茶のメッシュの短髪をワックスできっちりセットし、グレーのTシャツの襟元から金のネックレスをのぞかせていた。左手首には玉の小さな数珠が二重にはめてあって、肌が浅黒い。まずヤンキーかパリピという風な人種に見えた。


 僕は男をどこかで見たことがある気がした。しかしどこで見たのかは思い出せなかった。


(どこで見た人だっけ? というか、この人どうやってインターホンを使わずにエントランスを通って来たのだろう)


 酔った頭はまるで働かず、そんなことばかり無意味に考えた。僕が黙って突っ立っていると、男は靴脱ぎ場にスニーカーを脱ぎ、勝手に廊下に上がってきた。男は僕に目を合わせると、


「滝口くんだよね? 歌穂来てるよね? 歌穂」


と言いながらてくてくこっちに歩いてきてしまったのである。


「あの」


「いるよね? この先? 悪いけど上がるね」


 男は僕が混乱しているのも意に介さず、僕をちょっと廊下の端に寄せさせて、リビングへのドアを開けて入っていってしまった。


(不法侵入であることをとがめなければ)


 僕がそう思いながら男の後に続いていくと、男が、


「おいっ! やっぱりな! 堂々と乳繰り合いやがって!」


と叫んだ。


 びっくりしてリビングに入ると、男がいまだ抱き合っているルイさんたち四人を怒鳴ったのだった。四人はさっとほどけるように体を離した。


「歌穂お前、ふざけんな! なんで携帯つながらないんだよ! 池袋に行って、それからここに来て、タクシー代いくらしたと思ってんだ! せっかくの時間休も無駄になったぞ!」


 男はそうまくしたてながら歌穂のいるローテーブルの奥へと向かっていく。


「なんで、どうやってここに――」


 歌穂が立ち上がりながら言った。そうして男がローテーブルの右側から奥へと回り込もうとしてくるのから逃げて、歌穂はテーブルの奥から左側へ歩いて回った。


 男は早足で歩いてテーブルの左側、ソファの前のところで歌穂に追いつき、彼女の腕を掴んだ。


「どうやって? はっ、GPSだよGPS! まったく手間かけさせやがって。これはまた十円玉だな。ほら、帰るよ!」


 そう言いながら歌穂の腕を引っ張ってリビングの出入口の方へ連れて行こうとした。


「いやっ! もう別れる! 別れるから!」


 歌穂が掴まれている右手を振りほどこうと暴れた。


「何言ってるんだ! 仕事も金も頼れる人もないくせに!」


男はそう言って歌穂の顔を右手で強くはたいた。


「おいお前!」


 その時ルイさんが立ち上がって、すごい勢いで男のそばまでやって来た。そうして男を突き飛ばした。


「女に手をあげやがったな!」


 ルイさんは激昂してそう続けると、もう一度男を両手で突き飛ばした。男は僕のいるリビングの入り口の近くまで後退させられ、たたらを踏んだ。


「なんだガキがっ」


 たたらを踏んだ男はそこで踏みとどまると、右手を握って前進し、その右手でルイさんに殴りかかった。


 ルイさんの頬に男の右のパンチが当たった。


 ルイさんは一瞬固まってパンチを受けると、サッと両手を顔の前に上げてファイティングポーズを取った。


「アッ」


 そう声を出しながら、すさまじいスピードの左ジャブを放った。拳は男の鼻にヒットした。男は鼻血を飛び散らし、同時に顔を後ろにのけぞらせた。そののけぞった顔が戻った瞬間――、


「ア、アンッ」


 ルイさんは一歩踏み込んで畳んだ右肘を回転させて男の顎に激しく打ちつけ、一瞬意識を失ってうつむきに倒れかかる男のみぞおちへ、両足をスイッチして左膝蹴りを蹴り込んだ。ジャブ→肘打ち→テンカオ(膝蹴り)の完璧なコンビネーションであった。


「ふぐうっ」


 男は息の止まる情けない声をあげながら倒れこんだ。床に横たわり、膝蹴りを入れられた腹を両手で押さえながら、エビのように背を丸めて、


「うぐううう……」


と苦しみ始めた。


 ルイさんはその男の髪を掴んで顔を起させ、


「俺の友達にこれ以上なんかしたら」


言った。


「こんなもんじゃ済まねえからな!」


 男はすみません、うぐうう、すみません、と戦意喪失して謝った。


「……ははは」


 笑い声がしたので僕が見ると、歌穂がソファの前にアヒル座りになって、ホッとしたような、力が全て抜けてしまったような、複雑な顔をして笑っていた。


「やばっ。マジやばっ」


 リビングの奥で声がしたので今度はそちらを見ると、Uちゃんがいつの間にそうしていたのかスマートフォンを構えて、床に倒れてうめき続ける男を動画で撮影していた。


「ほへー。元日本ランキング一位っていうのはほんまやったんやなあ」


 最後にオーナーの間延びした感嘆が部屋に響いた。

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