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3 私、とうとうそういうところで

 インターホンのチャイムを聞いて、四人から会話が途切れた。


「なんでしょう、こんな時間に。別に宅配も頼んでもないし」


 僕は誰に言うでもなくそうひとりごち、座布団から立ち上がってインターホンの受信機に向かった。インターホンのモニターには、なんだか黒い服を着たおばさんが映っていた。僕は通話ボタンを押した。


「はい?」


 僕が警戒心から最低限の挨拶をすると、


「滝口さんのお宅ですかあ?」


かあ? と語尾を伸ばした嫌な聞き方をしてきた。はい滝口です。僕が答えた。


「宗眞? 久しぶり! 歌穂ですははは」


 けたたましく笑声をあげたそのおばさんが歌穂であることを、僕はこの時ようやく理解した。


(なんで――なんで?)


 突然のことに僕はひどく混乱した。四年ぶりに会えた奇跡感、モニター越しに見る彼女の変わりよう(黒のゆったりしたサテンのブラウスでも隠せないほど腰回りがでっぷりしていた)、なぜ突然会いに来たのかそもそもどうやって僕の現住所を知ったのか。そんな疑問や思いが酔いで働かなくなっている頭の中に一気に溢れた。


「……どうしたの?」


 結局僕はそう平凡すぎる疑問語を投げかけただけだった。


「うーん、どうしちゃったんだろうね。ははは」


 歌穂はそう嘘笑いをした。僕が黙っていると、


「ちょっと上げてもらってもいい? 私、行くところなくて」


と言う。僕は仕方なく奥にいる三人に、もう一人来客が増えるがいいかと聞いた。三人は別に構わないと言ってくれた。


「今日他にお客さんいるけど」


 インターホンに向き戻って歌穂にそう釘を刺す。


「ルイさんでしょ? いいよー」


「いや他にも……まあいいや、今エントランス開けるから」


 僕はそう言ってエントランスのドアを開けるボタンを押した。


 そのまま奥には戻らずに受信機のそばで待っていると、一、二分して再びインターホンが鳴った。僕は玄関へ行き、ドアを開けた。


 そこに立っていた歌穂は見事におばさんになっていた。元々丸かった顔はぱつぱつに肉が付いてアンパンマンのように膨れ、後ろでお団子にまとめた黒髪は生え際に白髪がちらほら見えていた。化粧が濃い。泣いたのか、その化粧のマスカラが醜く目の回りに散っていた。


 既に述べたように黒の大きめのサテンの襟無しブラウスを着て、下にはなんと言ったらいいのか、太めのゆるっとした茶色のパンツを穿いていた。パンツには現代アートの絵にありそうな幾何学的なわけのわからない柄が入っている。歌穂のことだからきっとパンツもブラウスもそれなりの値段がするものなのだろうが、太って年齢がにじみ出ている彼女がそれを着ていると、ファンキーな大阪のおばさん予備軍のように見えた。


 歌穂はワインレッドのぴかぴかしたスーツケースを携行していた。そのスーツケースのハンドルのパイプに、グレゴリーのウエストバッグが引っかけてあった。歌穂は僕を見ると、スーツケースのハンドルから手を離し、両手を顔に持っていって顔を覆い、少し背を丸めた。


「……っ」


 声は出さなかったが、泣いているようだった。


 僕は非常に白けた気持ちで、それを無視し彼女が泣き止むのを待った。

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