海繋ぐ
あの海を見るとふと、思い出してしまう。あの頃の思い出を――
「もう、友達じゃなくなったね。じゃあね。」
この一言が忘れられない。これは私の親友――だった人と言った方がいいかもしれない。その人が言い残した言葉だ。彼女はもうこの世にはいない。1年前に学校の近くの海で溺れて命を落とした。私たちが高校一年生の頃のことだった。
「あの、、雫ちゃんだよね?」
「そうだけど……」
「私、翼。私たち、友達にならない?」
「え、いいの?」
「もちろん!いいから声かけてるんだよ!」
「それじゃあ、、よろしくね、翼ちゃん。」
「翼でいいよー!雫!」
これが翼と初めて話した瞬間。人見知りで友達を作るのが苦手な私は、翼と一緒にいる時間が増えた。翼は私とは正反対の人。明るくてクラスで中心の人物。翼は優しくて素直で可愛い子だ。こんな子が私の隣にいるなんて信じられなかった。
「翼!せっかく友達なんだからさ、どっか遊びに行こうよ!!」
「え!いいじゃん!行こ!」
「どこがいいかなぁ」
「そうだね、、ここの近くの海とか?」
「いいじゃん!!行こ行こー!」
こうして初めて二人で遊ぶことになった。待ち合わせは学校。歩いて砂浜へ向かう。
「てか、どうして海にしようと思ったの?」
「ええと、、、翼ってスタイルいいじゃん?だから海と一緒にいたら映えるだろうなと思って!」
「ええーなんか恥ずいな笑」
そうやって照れてる翼はとっても可愛くて愛おしかった。私の心の中で、何かが変わった気がした。
次の日から翼を見る私の目は少し変わった。嫌いになったとかじゃなくて、なんか、胸がドキドキする。これってもしかして――
「雫!おはよ!」
「おはよう!今日もかわいいね」
「え!雫がそんなこと言ってくれたら照れちゃうなー!」
そう言われて心がおどっているのは気のせいではないかもしれない。
「今日って確か特別授業だよね。」
「らしいねー。なにするんだろー!」
「みなさん。今日はLGBTQについて学びましょう。LGBTQは知っていますか。」
「LGBTQかー詳しく考えたことないかも。雫は?」
「私もあんまりないかなぁ」
いや、本当はある。この頃レズビアンについて調べている。
「LGBTQってなんの略なんだろ。雫知ってる?」
「それなら私知ってるよ!Lはレズビアン、Gはゲイ、Bはバイセクシュアル、Tはトランスジェンダー、Qはクエスチョニングだよ!」
「めっちゃ知ってるじゃん!レズビアンって、、女の子同士の恋のこと?」
「そうみたいだね。」
「へぇ、、私はちょっと苦手かも。」
「え……?」
「いや、気持ち悪いとか批判するつもりは無いんだけど、、なんかやっぱり違和感がある。」
「そっか……」
心に大きな穴がぽっくり空いた感じがした。人生初の「失恋」。なんだか心が苦しい。
「ていうかさ、雫って好きな人いるの?あんまりうちらって恋バナしないじゃん?」
「好きな人、、はいるよ。」
「え!まじ!?だれだれ??」
「それは秘密だよー」
「えーじゃあ特徴は?私知ってる人?」
「うん。そうだね。明るくて、みんなの人気者で、誰よりも優しい人だよ。」
「めっちゃ好きじゃん!応援してる!」
言えるわけ無い。翼のことが好きだって。絶対引かれる。ウキウキしている翼の顔を見て、余計心が痛くなる。
「やっぱり女の子を好きになることって、キモイのかなぁ」
次の日の夕方、私は一人で海に向かった。あの日、翼と来た日。海に並ぶ翼はとても綺麗だった。誰にも取られたくなかった。でも、この恋は叶うことはない。恋ってもっと嬉しくて楽しいものだと思っていたけど、切ないんだなぁ。この海を見ていると、なんだか素直になれる。海ってすごい。こんなにちゃんと海を見ることなんてなかった。あっという間に日が沈み、海岸は真っ暗な中、月の光で波がキラキラと輝いていた。
次の日、いつものように学校に来た。でも、そこに翼はいなかった。
「朝礼はじめるぞー」
「先生、翼は?」
「友達なのに聞いてないのか?」
「え……聞いて、ないです。」
「何か意味があるのかもな。黙っておくよ。」
「ちょっと、、先生……」
どうしたんだろ。翼が休んだことなんて今まで無かったのに。
その日は翼は学校に来なかった。翼の家にも行ってみたけど、翼のお母さんに断られちゃった。本当にどうしたの?翼……
その日以来、翼は学校に来なかった。次の日もまた次の日も。もう翼が来なくなってから2週間が経つ。そろそろ私も限界だ。
「先生、教えてください。お願いします。」
「あぁ。そこまで言うなら。落ち込むなよ。」
「はい。」
「翼な、重度の癌なんだ。」
「え……」
「余命も少なくなってきて、今は病院にいる。多分、雫に迷惑をかけたくなくて――」
「そんなことどうでもいいです!私は翼に会いたいの!!!!!」
そこから私は学校を飛び出して、真っ先に病院に向かった。どんだけ走ったのか分かんない。もう足の感覚がなくなるくらい走った。そうしてやっと病院に着いて、翼の部屋へ向かう。
「翼!」
「雫……」
「なんで黙ってたのよ――なんて言っても翼が言うことは分かるけどさ、、いってほしかったな。」
「ごめん、雫。私ね、もう余命が少ないんだ。だから、あまり周りにも迷惑かけたくなくて。」
「ねぇ雫。海、行かない?」
「海?いいけど……」
二人で海に向かった。初めて一緒に行った海。なんだか前よりもずっと綺麗で、綺麗で、少し、切なく見えた。
「雫、私といて、幸せだった?」
「もちろんだよ。幸せだったよ。」
「そう、よかった。もう友達じゃなくなるね。じゃあ、ね……」
「え!?翼!!!!」
翼は、海に飛び込んだ。なんの抵抗もせず。必死に止めようとしたけど、もう手が届かなかった。
「翼――」
「どうしたんだ?おーい女の子が海で溺れてるぞ!!!」
それからレスキュー隊の人が翼を引き上げてくれたけど、もう手遅れだった。翼は、死んだんだ。
家に帰った私は母に話した。今まで翼とした色んなこと、翼に恋をしていたこと。お母さんに色々話しているうちに、涙が止まらなくなった。
「雫、話してくれてありがとう。明後日、翼ちゃんのお葬式があるみたいなの。行く?辛いなら行かなくてもいいと思うんだけど、、」
「行きたい。ちゃんと、翼と向き合いたい。」
「そう……分かった。」
お葬式の日。翼と向き合える、最後の日だ。後悔はしたくない。
「雫ちゃん、言われた通り、翼と話す時間を作ったよ、どうぞ。」
翼のお母さんがそう言ってくれて私は翼の棺桶の前に立った。
「翼、ごめんね。私、翼に頼ってたんだ。翼がいたらどんなことも乗り越えられるって。初めて一緒に海に行った時に、私はあなたに恋をしました。海に見ているあなたの目がとても綺麗で愛おしかった。でも、あなたはレズビアンにあまりいい考えがなかった。あなたに好きな人がいると伝えた時、応援するって言ってくれたよね。叶うはずもないのに。でもあなたはそれくらい優しくて友達思い。もう話せないのが辛い。大好きだよ、翼。向こうでも元気でね。」
「ここで、雫さんに、翼さんからお手紙が届いています。読み上げさせていただきます。」
「雫へ。この手紙が読まれているってことは私はもう死んでるよね。きっと雫は号泣してるんだろうな。私ね、雫が私のことを好きだったこと、分かってたんだ。でもね、その時にはもう癌が進行していたの。もっと雫と色んなところ行きたかった。あなたの告白に答えたかった。デートだってしたかったし、LGBTQの問題とも向き合って同性婚が出来る世界にしたかった。雫ともっと笑って泣いて怒って悲しみたかった。雫は、よく一人で抱え込む癖がある。よく一人で海行ってたよね。病室から見てた。あの海は、私たちの思い出が詰まった場所。これから悲しくなったら、辛くなったら、あの海を見て。あの海に思いを伝えて。私には聞こえてるから。雫の声がちゃんと聞こえてるから。一人で抱え込まないで。私は、ずっと雫の味方だよ。大丈夫。雫、大好きだよ。」
気づいたら泣いてた。でも、涙の奥に、笑顔が出てきた。翼はやっぱり優しいな。だからこんなことが言えるんだね。翼が病院じゃなくて海で死んだ理由も、なんだかわかる気がする。ほんとに優しい子だな。
あれからもう一年。私は高校二年生。翼と過ごしたかったな。この頃、私はいじめられてる。翼がいなくなってひとりぼっちだから。どうしようかな。もう死んじゃおうかなって本気で思ってる自分が怖い。でも、先に海に行かないと。
「翼。いじめ、辛い。でもこの海見てると、翼の顔が蘇ってくる。なんか元気になる。翼、私頑張るね。翼が生きたかった分も。闘うから。見守っててね。」
そうして海を見ている私の目にはほんのり光が差し込んだ気がした。
あの日からどれだけ経ったんだろう。翼、私もう高二になっちゃったよ。翼と過ごしたかったな――
六月。私は高二になって早くも学校に行くのが憂鬱になっていた。理由は――いじめだ。初めはちょっとした無視から始まった。なんか反応が薄いなと感じる程度だったのだけど、いつからか、エスカレートしていった。遊びをドタキャンされるのはもちろんのこと、お金の問題が絡むこともあった。だんだん、学校が地獄の場所になったんだ。
今日もまた学校に向かうと、私の机にはいつものように「死ね」だの「消えろ」だの落書きだらけ。まあ、もう慣れてきてはいるけど。
「しーずくちゃん!また学校来たのー?もう来なくていいのに笑」
「あっ瀬菜ちゃん……」
瀬菜ちゃんは、私をいじめてるグループの主犯格――リーダー的存在だ。顔は可愛くてスタイルも良くてみんなが憧れの存在、そしてその完璧さにみんな、逆らえないのだ。
「そろそろうざいんだけどー雫ちゃん。もう学校こないでよーそうしないとー笑」
「何、する気?」
「こーれ!捨てちゃうよー?」
「!!」
瀬菜ちゃんが持ったのは、翼からの最後の手紙だった。それだけは譲れない。大切なものだから。
「これだけは渡せない。絶対。」
「キモ笑。ならさ、学校こないでよ。捨てられたくないんでしょ?」
「分かった……」
次の日から、私は不登校になった。父も母も共働き。理由を聞かれたけど、いじめられているからなんて答えられるわけがない。黙っていた。
「じゃあ雫、行ってくるからね。」
「いってらっしゃい。」
こうして私の家での生活が始まる。朝ごはんを作って、食べて片付けと洗濯、掃除。大変だけど、何日もやってたら慣れてきた。でも、どこか遠くで、「寂しい」。でも仕方ない。翼を守る為だから。
そんな日が続いていたある日、私の家に一通の手紙が届いた。私宛てだ。
「雫へ。これが届いたってことは、雫は今学校に行けてないんだね。実はね、雫が学校に行けなくなること、分かってたの。雫はもともといじられキャラで、私が死んで一人になったらもしかしたらいじめられちゃうかもって。だから生きているうちに思いを伝えたくて手紙を書いたの。ねえ雫。今悩んでたり苦しいなら海に行って。ずっと家で抱え込まないで。海で、会おうよ。翼より。」
海――そういえば翼がいなくなってから行ってなかったな。海へ行ったら、何か変わるかもしれない。
砂浜を歩いた。まだ10時。人はいない。そして、翼が死んだところに着いた。
「翼、私、苦しい。翼との思い出を捨てたくなくて、翼を守りたくて、、もうどうしたらいいの……」
「雫」
「え……?つばさ、?」
「久しぶりだね、雫。」
「ど、どうして……?」
そこには翼がいた。それも海に浮かんでいる。
「こっちにきてよ、翼!」
「それは出来ないの。で、いじめられてるの?」
「う、うん。次学校に来たら翼からの手紙、捨てるって言われて。」
「何それ最低!!人の思いやりの心を弄ぶなんて!」
「なんか、翼が怒ってくれたら元気出たよ。でもまだ学校には行けない。ちゃんと覚悟ができたら行く。でももう一生行かないことはない。いつかは必ず行く。逃げてばっかじゃダメだよね。」
「なんか雫、強くなったね。嬉しい。」
「ありがと。じゃあまたね、翼。」
「うん!また来てね!雫!」
不思議な時間だったな。翼とまた話せるなんて。夢――にしてもだいぶ贅沢だな。そんなことを考えながら家に帰ると、母から意外な伝言が。
「雫、なんかさっき瀬菜ちゃんって子が家に来たのよ。知ってる?」
「え?瀬菜ちゃん?」
驚きが隠せなかった。なんで瀬菜ちゃんが?学校来てほしくないんじゃないの?
「とりあえず、明日もう一回来るって言ってたわよ。明日は一日中仕事だから、ちゃんと留守番しててね。」
「わ、分かった。」
瀬菜ちゃんが今更何の用だろう。疑問が尽きなかった。
次の日、お母さんの言った通り、瀬菜ちゃんが家を訪ねてきた。
「どうしたの、瀬菜ちゃん。何かあったの?」
「あ、ええと、、」
「とりあえず中入って。」
「う、うん。ありがと。」
「で、どうしたの?」
「謝りたくてさ、」
「謝る?」
「今までいじめててごめん。」
「いきなりどうしたの??」
瀬菜ちゃんからは二度と聞かないと思っていた言葉だ。どうして??
「どうしたの?何かあったの?」
「私実はさ――癌なんだ。」
「え……?」
「それも重度の。もうお医者さんも手に負えないらしくて、余命があと三ヶ月くらい。ウケるよね。」
「なんでそれで誤りに来たの?」
「私さ、羨ましかったの。雫ちゃんはまだたくさん生きれるし。それに、翼ちゃんがいるじゃん。私、この性格からか、本気で想ってくれる友達がいなくて。怖がられてるし気遣われてるし。だから雫ちゃんが、羨ましかったの。」
「そう、だったんだ。」
「それでね、一つお願いがあるんだけど。」
「なに?私ができることだったらなんでも――」
「海に行きたい。」
「海?」
「そう。海。」
「でもどうして?」
「それは、海に行ってから話す」
「分かった」
そうして二人で海へ向かった。どうして海なんかに……
「で、なんで海?」
「海ってさ、なんか素直になれるんだよね。なんでも話しちゃうっていうかさ。辛くなっても、一人が怖くなっても、海を見たら、なんだか元気になれるの。」
「なんか瀬菜ちゃん、案外私と似てるんだね。」
「そう、、?」
「うん……私も辛くなったらここ来るからさ、翼に会いに。」
「そうなんだ。」
海を見ている瀬菜ちゃんの顔は、私をいじめていた時とは違って、なんだか優しかった。この子にこんな一面があったなんて。
「瀬菜ちゃん、改めて、友達にならない?」
「え……でも私もう余命が――」
「そんなの関係ないよ。だめ?」
「ううん、ダメじゃない。そんなわけない。ありがとう。」
私たちは本当の友達になった。瀬菜ちゃんとは、なんだか分かり合える気がする。
それからは瀬菜ちゃんと色んなところに行った。水族館だって行ったし遊園地も行った。いっぱい遊んでたら、もう、時間が無くなっていくことに気づかなかった。いつの間にか、瀬菜ちゃんは亡くなった。それも幸せそうな顔で。その顔が、どこか翼に似ているような気もしたけれど、気のせいかな――
瀬菜ちゃんのお葬式が終わって海へ向かう。この海はやっぱりすごい。海を見ていると私の悩みなんかほんとにちっぽけでしょうもない。なんでこんなことで悩んでたんだろって思える。翼と友達になれたのも、瀬菜ちゃんと分かり合えたのも、この海のおかげなのかもしれない。
「ねぇ、翼、瀬菜ちゃん。私、幸せだよ。二人と出会えて。ほんとに。二人の分も生きるからね。この海と一緒に、生きるからね。」
「うん!」「うん!」
翼と瀬菜ちゃんの元気な声が聞こえてきたのは、気のせいだろうか――
「海繋ぐ」どうでしたでしょうか。この物語は私の気持ちをこの三人に乗せている気がします。学生の人間関係って難しいですよね。私も悩まされます。でも、自分の味方は案外近くにいるものですよね。人かもしれないし、海かもしれません。自分の気持ちを素直な言える場所を見つけて見てください。どうか、毎日に希望を失い、さまよっている貴方に、この想いが届きますように。