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天然王子と転生執事

作者: シソク

 水中でこく屁は臭かった。


 いや、臭くて助かった。

 あまりの臭さに目覚められたからだ。


 ガハッと無意識で口を開けば、塩っ辛い海水が容赦なく口に飛び込んでくる。衝撃で慌てて咳き込み吐き出し、藻掻いた。

 意識が無かった時はプカプカと浮いていたのだろう。意識が戻ると同時に体に力が入り、ブクブクと水中に沈む。いや、水中ではなく海中だ!このままでは溺れる!!と藻掻き続けるも、体型にピッタリとした流行デザインの燕尾服がまとわりついて泳ぎづらかったが、なんとか傍にあった小舟の船底のヘリにしがみつき、一息ついた。

 転覆してなきゃもっとよかったのに。


 あたりを見渡す。そこは夜の海。

 大月と小月と星の光を、凪いた海面がキラキラと反射し、光のつぶを踊らせている。


 比喩表現はともかく、視界には見渡すばかりの海、海、海。ぐるりと360度の水平線。

 陸地はない。小島や浮島のようなものも見えない。

 これは…確実に…漂流してるな…。




 俺の名前は『ポチ』

 苗字はない。

 もちろんあだ名だ。


 と言いたいところだが、本当に『ポチ』だ。俺には記憶が無いからだ。

 これでも異世界転生者なのだが、転生前後の記憶がほぼない。

 かろうじて覚えているのが、そこそこいい歳した既婚者だったこと。一流企業の秘書室室長で、なんでもやれば出来る器用人だったこと。子はなく、ソコソコモテていた俺はチョイチョイ遊んでいたこと。そのたびに、泣かせていたこと。

(そのせいか、ちょっとした呪いにかかってるのはまたの話だ)


 転生後の記憶は本当に何も覚えておらず、気がついたら砂浜で行き倒れてた。

 運良くこの国の第三王子に拾われたおかげで、魔法あり魔物ありのこの世界で生きる術以上のことを学んで身につけられた。

 人生経験豊富だった俺が、推定16歳の若い肉体と脳みそをこれでもかと楽しみつつ駆使し、余裕でモノにした。

 それから6年。22歳になった今じゃ、魔法騎士団長とタメはれる実力だぜ?

 前世じゃなんでも適度に力を抜いて生きてきたこの俺が、今の俺を見たら鼻で笑うだろうな。

 ここまで必死になって実力をつけたのは、我が主である王子のタメにだ。拾ってくれた恩返しをしたいんだ。


 白金の髪にオレンジ色寄りの赤瞳の華奢な体に、女の子にも見える整った可愛らしい顔をした第三王子はその時まだ6歳だった。小さい体で俺を庇って、大きな瞳にいっぱい涙を浮かべてさ

『この行き倒れの捨て犬拾うんだー!!』

 って。いや、俺犬じゃねえしと突っ込みたかったが、気力も体力もなかった。まぁ、ボロボロだったし本気で犬に見えたのかもな。


 それとまぁ、察しのいい人はこの会話で分かったかもしれないが…

 この王子、まだ幼さもあってか少し残念なのだ。

 おつむが。

 けど、シラケた目でそのやりとりを見てた俺の前にしゃがみこんで


「だいじょぉぶ?くるしいよね、ボクがかならずたすけてあげるからね」


 って、精一杯にっこりと笑った顔が印象的でさ。

 その時おもっちゃったんだ。

(俺に息子がいたら、こんな感じなんだろうか)

 って。

 その瞬間、父性が生まれたんだ。

 この幼い男の子を、一人前の男になるまで傍で支えて見守って育ててやりたいって。

 そりゃ今にして思えば不遜だし不敬だわな。その上血の繋がりもない。

 けどその時の俺には、その時生まれた感情がなんなのかなんてわからなかったし。ただただ自分のその本能に従ってたまでた。

 背負うものが出来た男って、強いものなんだな。どんな努力も苦労も屁でもなかった。

 そんなことを考えながら苦笑いをし、転覆した舟の向きをなおし、船の中に転がり仰向けに寝転んだ。



 目を開いて夜空を見上げれば、そこには真っ黒な浮き島の底が見えた。さっきまであれほどキラキラと輝いていた海面は、浮島の影の境からこちらには、光ひとつない。


 この世界は、陸地がほとんど無い。

 太古の時代には海に陸地が浮いてたらしいが、今はこの通り空中に陸地が浮いてる。上空に行けば行くほど陸地は大きくなり、その国の占める権力も大きくなる。

 つまり、最上空の巨大な陸地を支配している皇帝一族がこの世界で最も権力があり。

 我が主の王国は、海に接する島国だ。

 お察し頂けるだろうか。

 つまり、我が国は超超弱小国なのだ。本来、帝国の催すパーティーに招待されることも稀なくらいなのだ。

 だから、我が主が必死になって参加したがったし、想い人の前で必死にアピールしたがるのもわかる。いや、痛いほどわかる。


 今は12歳となった我が主は、いまだ第二次成長期の兆しをみせない。よーするに、チビでガリなのだが、この華奢な体で『ポチが出来たのだ!ボクにもできるはずだ!』とやれ剣やら魔法やら、俺と同じカリキュラムで学ぼうとする。俺が日課として行ってるトレーニングにも『ポチがやれるのだ!ボクだってできるはずだ!ボクもポチとやるのだ!』と、毎日毎日食らいついてくる。体力差や年齢差を考慮しても、どー考えても無理なのだが。ゼーハーゼーハー苦しそうに肩で息をしながら、涙目になってついてくるんだ。過呼吸でも起こすのではと不安になるくらい。なにもそこまで頑張らんでもと思った俺が1度だけ主に聞いた。なぜにと。そしたら嬉しそうに言うんだよ。

「好いたお方が居るのだ!その方の為に、その方の隣に立つために、ボクは自分を鍛え上げあの方の理想の男になりたいのだ!」

 キラキラした笑顔だった。くすんだ俺には眩しかった。いい恋してんだな。こんな小さい少年を、一人前の男みたいな顔させる女って、すげぇなと。まぁ、そんな俺の憧憬も次の瞬間には崩れ去ったが…。

「あのお方は帝国の王太女、歳こそ離れておるが、24歳差などものの数ではない。ボクは、あの方を支えるために、王配になりたいのだ!だから、なんでも出来るようになりたい!ので、ポチが出来ることならボクにも出来るはずなのだ!そのために頑張りたいのだ!!」

 と。

 いや、その頑張は素直にすごいと思うんだよ。けど、なに?『24歳差』??

 うそだろ主、お前なんて年上スキーなの。

 最初は冗談かと思ってた。からかわれてるんだろうよ、と。でも、違った。周りの誰に聞いても、主の兄弟に聞いても、国王王妃に聞いても全員肯定した。そりゃ、この超超弱小国が帝国と縁繋がりになれるなら万々歳だろうし、なんとなかるなら頑張って欲しいんだろうが……。

 もちろん俺は膝から崩れた。応援して、なんとかなるレベルじゃねぇんよ、と……。

 それでも、我が主は屈託ない笑顔で笑った。

「ポチが言いたい事はわかるのだ。けれど、好きになってしまったものは仕方ない。ボクは彼女が大好きなのだ!」

 って。

 そんな純粋な気持ちで人を好きになった事が、俺にあっただろうか。心が洗われるようだった。

 益々、応援せざるを得なくなった。


 それから6年。主は12歳。俺は22歳。

 この6年の年月で、俺は王国最強レベルになった。マナー、知識、外見、総合で、だ。

 そして我が主も……、ま、まぁ少しは背が伸びた。あとは……。

 コホン。


 とにかく、このまま海に浮かんでいても仕方ない。どのくらい気絶していたのか分からないが、早く天空遊園会場に戻ってやらなければ我が主がさぞ心細い思いをしている事だろう。

 1つため息をつき、魔法を3つほど発動させる。

 1つ目は服を乾かし整える魔法

 2つ目は王子の居場所を見つける場所。俺の位置はどーでもいいからな。

 3つ目に、舟を浮遊させ飛行舟にする魔法。

 そして、船ごとふわりと海面から浮かび上がらせ、飛び立とうとした時だった。


「ポチー!!!」


 上空から、我が主の声がした。見れば、フワフワと下降している小さな舟からもっと小さな体を半分以上乗り出している。


「無事であったか!すまなかったー!!」

「ちょ、あぶない!そんな身を乗り出さ……って、飛び降りるなー!!!」


 俺を見つけるなり、躊躇することなく飛び降りた我が主を、舟を飛ばしてキャッチした。


「ほんっと、バカかあんた!!こんな高いところから落ちたら、怪我じゃ済まないかもしれないんだぞ!!」


 小舟は、我が主の少ない魔力でようやくここまで落下してきたのだろう。

 主が離れた舟は、ボチャンと激しい音とともに海面に落下し大破したのをみて、ゾッとした。


「はは」

「なにがおかしいんだ!」

「ボクは怪我などせん。ポチが必ずボクを守ると信じておるのだ」

「なっ……!」


 可愛い顔つきに屈託のない笑顔を浮かべた。この幼い主は、俺をどこまで無条件で信頼しているのだろう。胸が熱くなると同時に赤面する俺。


「コホン。そんなことより我が主、なぜこんな所に?首尾よく王太女にアピールしていかないと!」

「アピール?あぁ、忘れておった。」

「忘れ!?ちょ、あんたこの日のタメにどれだけ頑張って来たのか忘れたのか主!」

「忘れはせん。だが、ボクには、それよりなによりポチが心配だったのだ。許せ」


 可愛い顔で、にこーっと笑う主。

 王太女より、俺の方が大事?

 何言ってんだ。だってあんに頑張ってきた姿を、俺はずっと見守って……。


「さぁ、ポチ!ボクを補佐してくれ!このままでは、挨拶無しに宴から罷り出る無礼者として姫に印象づけてしまう。どうしたらいい?」

「そんなの、速攻で会場に戻ってご挨拶するしかないでしょ!あーもう!!」

「はは!ポチの魔法は凄いな!飛行速度がっ」

「ちょっといいから黙って!?舌噛んでも知らねぇからな!!」


 我が主の様子から見て、多分俺が艇から落ちて意識を失っていたのは2〜3分なのだろう。今から速攻で戻れば騒ぎを起こすこともないはずだ。なら全速前進、特攻あるのみ!ありったけの魔力を注ぎ込んで、戦闘機よりもはやく飛んでやる!

 ちらりと横をみれば、俺にしっかりとしがみつきながらも、嬉しそうに笑っている我が主に和みながら、俺は主への忠誠心を高めていた。


 戦闘機並の速さとなった、舟は一直線に空を駆け上がる。

 あんたらの年齢差が、身分差がなんだ。あの空の月より近い。

 俺と、前世の嫁より近い。

 みてろよ、俺が必ず、主の恋を実らせてやるからな!




お読みいただき、ありがとうございます。

久しぶりに小説を書いたので、そもそも小説になっているのかから不安です(汗


イイネ、星評価から頂けたら、メッチャ励みになります。

感想、誤字報告などいただけたら、飛び上がって喜びます。


応援よろしくお願い致しますm(_ _)m

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― 新着の感想 ―
[良い点]  主人公と主君の関係性が分かりやすく、すんなりと二人のキャラクター性が伝わってきました。  世界観語りについても、物語の展開を邪魔しない形で配置されていたのが素晴らしく、そこで同時に主君の…
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