ほしのこ異空間
この場所に来た次の日、私はホタルと瓏に連れられて4両目に来た。4両目は端が見えないほど広い海に……よく分からない街のような施設のような何かが沈んだ不思議な空間だった。
「今日は瓏さんがいるからこんな感じなんだよ」
ホタルがそう言って海の上に立つ。まるでそこに地面があるかのように普通に、いつも通りの足並みで歩いていく。ホタルも瓏も身体が沈むような気配は無い。
どんな水なのか少し気になるが、今日は車両について知る為に来たし、そもそも自力で歩けず、瓏に抱かれながら案内されている私にそんな事を調べることは出来なかった。
暫くすると海の上に扉が浮かんでいるのが見えた。話によると4両目から5両目に行く扉は4両目の色々な場所に存在しているらしい。今回はたまたま海に動かんだ扉があったようだ。
「5両目はね〜開けた人の感じに模様替えされるから……はい音夢ちゃん開けてね」
ホタルにそう言われ、音夢は5両目の扉を開けて瓏と共に中に入る。5両目は真っ黒の影のような空間に色とりどりの菱形の水晶のようなものが所狭しと浮いている空間だった。
「5両目は1番本人の失くしたものが見つかりやすいところで、それに関係したものとか思い出の場所とかになるんだけど……なんなんだろうね?この水晶」
よく分からないが、この水晶が私の失くしたもの達……かも知れないらしい。だが、こんな水晶なんて見た覚えは無いし、此処に来る前に持っていた覚えもない。音夢は水晶近くの水晶に吸い寄せられるように触れる。
複数の水晶が音夢に次々と触れる度に、喜怒哀楽が顔に次々と浮かび上がっては消えていく。そのうちの一つが、音夢に触れる前に瓏の手に触れた。
「こ…れは……」
「ろ、瓏さん大丈夫!?」
苦悶の表情を浮かべ何かしらを耐える様子の瓏は数秒間その表示を浮かべた後、音夢を腕から降ろしてそのまま意識を失った。さらに、音夢もどんどんと集まってくる水晶に気分が悪くなったのか瓏と同じようにうつ伏せに倒れて意識を失った。
ホタルはどうしようかと焦りつつ、力無く倒れ込んで重たい瓏と音夢をどうにか5両目から出し、数人の乗客に手伝って貰いながらそれぞれの部屋に運んだ。
数時間後、目覚めた音夢の元にホタルと瓏が来て5両目についての話をしようと試みるが、音夢は布団に潜り込んで口を開こうとしない。仕方なく2人は部屋から出ていく。
2人が部屋を出て数分後、音夢は布団から起き、いつものぬいぐるみを抱える。先程の5両目で見た光景を思い出し、吐き気を堪えながら自身の記憶を整理する。
5両目の水晶は私の過去の記憶を見せた。楽しい記憶から悲しい記憶まで複数の記憶をその時の感情と共に。だが、見た記憶はバラバラになったパズルを、絵柄を無視してはめ込んでいくような気持ちの悪い補完をしていった。
違和感しかない他人に作られたかのような自分の記憶に再度吐き気を催す。水晶の色的に……恐らく瓏が見た記憶は私の憎悪の記憶。頭を焦がすような記憶を思い出し、痛む頭を押えながら音夢はまた眠りについたのだった。
部屋から出た2人は2両目で瓏特性ホットミルクとくまたろの作ったクッキーを食べていた。
「瓏さん落ち着いた?」
「うん………あの子かなりヤバいね。ただの可愛い少女かと思ってたんだけど……まぁこんな所に来た時点でただの少女なわけないか」
「瓏さんが気絶したところとか初めて……いや久々?まぁとにかく滅多に見ないものが見れたよ。相当酷いものでも見たの?」
「う〜〜〜〜ん…まぁ二度とゴメンだねあの子と一緒に5両目は行きたくないかな」
さっきの出来事を思い出したのか瓏は苦い顔をしながらミルクを飲み干す。甘くて美味しいクッキーを頬張りながら「アハハ」とホタルは笑い、何も無くなった食器を持ってカウンターへ行った。
「まぁ、ホタルくんもあの子と一緒に……いや君はそもそも5両目には今日みたいな日以外は滅多に行かないね」
「うん。だからあの子……音夢ちゃんは瓏さんが適任だよ」
確かに現状彼女を運べるのは他にいないから、もう一度5両目に彼女が行くなら僕が必須だろうな……気が進まない…
瓏は溜息をつきながら窓の外をぼんやりと眺めて、暫し現実逃避する事にした。
しかしこの日から暫くの間、音夢は部屋から一切出てこなくなってしまった為、瓏は音夢のあの記憶をぼんやりとしか思い出せなくなった。元々他人の記憶だ。何かしら身体の防衛機構か何かが働いたのだろう。
それより……数ヶ月以上部屋から出てこないあの子が再び出てくる日は来るのだろうか?瓏はそんなことを考えながら、今日もホタルやくまたろなどの手伝いをしている。