乗車
暗闇の中を佇む1人の少女。目は虚ろで生気の欠けらも無い。まるで死んでいるかのようなその少女の前に、音もなく、何処からともなく現れた古めかしい列車が止まった。
開いた扉から出てきた人の様な見た目の何かから切符を受け取った少女は列車の中に吸い込まれるように消えていった。
再び列車が動き始め、後に残るのはまた静かな暗闇だけだった。
黄色のジャージ姿にクマの様な見た目のぬいぐるみを抱えた少女…音夢は身体中に感じる硬い感触で目が覚める。
床で寝るほど作業してたかな?と思いながら重い瞼を開けると全く見覚えのない景色が目に入ってきた。
どうやら古い列車…蒸気機関車の中のような資料でしか見た事ないような場所にいるらしい。どうしてこんな所に居るのかを思い出そうとしても、直前の…最後の記憶はいつも寝泊まりしている場所で機械相手に愚痴っている……という見慣れた行動の記憶しか無かった。
少し周りの様子を確認しようと、ぬいぐるみを抱えて席から立つ…と同時に頭から地面に向かって倒れ、小さく情けない声を上げる。
チラリと見えた両足は何処で巻いたのかも分からない包帯でグルグルと巻かれており、思うように動かせない。ジタバタもがいていると、「大丈夫?」と声が聞こえ、視界が急上昇する。
長身の顔のいい男が子供をあやす様に私を持ち上げ、その隣の少年が「大丈夫そうだね〜」とにこにこしながら言う。
「降ろして」
そう言うと男は私を丁寧に椅子に座らせる。「それじゃあ」と少年が口を開き、
「ようこそ!ほしのこめとろへ!僕はホタル!この列車の車掌だよ!よろしくね!!」
「僕は瓏。えっと……一応この列車には長く居る。分からないことは僕かホタルくんに聞いてね。よろしく」
「………ボクは音夢。音に夢と書いて音夢。よろしくなんだよ」
それじゃあまずは列車の中を……と元気よく言うホタルに瓏が耳打ちすると忘れてた!とこれまた大きな声でホタルが喋る。
「このほしのこめとろについていくつか説明があるよ!
まず1つ目、此処は何かを失くした人…概念だったり物だったり思い出だったり……まぁ何かしらを失くした人が辿り着く場所です!
説明2つ目、失くしたものを列車で見つけられた人は帰れます!ただし、列車のアナウンスから3日以内に降りない人は二度と降りれません。
説明3つ目、手元にある貰った切符が使用不可能にならない限り、ほしのこめとろでは死ぬ事はありません。この列車に乗った人はみんな不老不死です!
……まぁこんなもんかな?」
不思議な空間なんだなと人並みの感想を抱いた音夢はその後、ホタルと瓏に連れられて2両目と3両目の案内をされた。2両目はバーテーブルとよく見るテーブル付きの座席の置かれた車両だった。先頭のレトロな雰囲気とは違い、最近の電車といった感じがする。
食料や飲み物はくまたろというぬいぐるみが作っているらしい。彼女も列車の乗客らしいので機会があればお話してみたいなと思いつつ、お腹も減っていなかったのでこの日はスルーした。
3両目は乗客の個室があった。部屋と部屋の間は人2人がやっと通れる位の幅しかないが、部屋は割と広い。しかも誰がデザインしたのかは分からないが、私の好みの部屋だった。扉にはそれぞれの乗客の名前が書いてあり、私の部屋は前から3番目の右側だった。
瓏に部屋のベッドの上に下ろしてもらい、ぬいぐるみを受け取る。瓏とホタルはまた明日凄いところに案内するよと言って部屋から出ていった。不思議な場所の凄いところがどんな所なのか。今から楽しみだ。