婚約破棄をしたくない白銀の貴公子
『婚約破棄ができない妖精姫』のアルフォンス視点です。
どうかそちらからお読みください。
俺にはそれはそれは素晴らしい婚約者がいる。
彼女の名前はリリアーナ・グリトリッチ。
グリトリッチ公爵家といえばヴェルナー王国屈指の名家だ。
しかも、彼女の父親は王弟で宰相もしている切れ者。
その娘である彼女もまた王位継承権を持つ一人なのだ。
『薔薇姫』の娘であり、自身も『妖精姫』と謳われるほどの美貌を持つ美少女。
宰相の娘に相応しい知力を兼ね備え、次期王妃に一番相応しい令嬢の呼び声高い淑女だ。
そんな彼女と出会ったのは俺が10歳、彼女が8歳の時だ。
確か第一王子の側近や妃を選別するための茶会だったはずだ。
彼女は幼いながらに完璧な美貌を持ち、王子からも熱視線を送られていた。
そんなだったが俺は興味がなく、気があったある少年と話をしていた。
話が一段落ついたとき、彼女が話しかけてきたのだ。
「お兄様、この方と随分仲良くなられたのですね。ご紹介していただいても?」
えっ、と思ってしまった。
子爵の息子のオズとしか聞いていない。
「オズ、グリトリッチ公爵子息なの?」
驚いたのも無理はない。
壁際に寄っていて子爵男爵ほどの子息かと思ったのだ。
なんであの天下のグリトリッチ公爵家の子息がこんなとこにいるんだよ?
「そうだよ、オズワルド・グリトリッチだ。アルは?」
「僕はアルフォンス。アルフォンス・エルックスだ」
その会話にリリアーナ嬢が目を丸くする。
「まさか、どこの家の方か分からずにお話されていたの?」
「ああ。だって公爵家だってバレたら笑みを貼り付けて寄って来る輩がいるじゃないか。ご機嫌取りの相手は面倒くさいんだよ」
オズワルドの言葉に嬉しくなる。
「分かる!全然楽しくないのにずっと笑ってなきゃいけなくて疲れるんだよね」
その言葉に彼も表情を明るくした。
どうやら同士だったらしい。
「お兄様、自己紹介しても?」
「ああ」
オズワルドが頷く。
「はじめまして、リリアーナ・グリトリッチと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
とても綺麗なカーテシーにギョッとする。
これで8歳? 末恐ろしいわ···
「ご丁寧にありがとう。アルフォンス・エルックスです。よろしくね」
こちらも自己紹介をする。
我が家とグリトリッチ公爵家は一緒に商売をしているはずだ。
グリトリッチ公爵は娘を溺愛していると聞いているから機嫌を損ねないように気をつけよう。
「アルフォンス様、お兄様。何のお話をされていたのですか?」
ああ、忘れてた。
「今学んでいることについてだね。領地経営のことも話し合いたかったんだが正体をバラすわけにはいかなくてモヤモヤしてたんだ。」
うんうん、分かる。
オズとは考え方が合うようで嬉しいな。
「確かエルックス公爵家ではぶどうの生産とワインの酒造、鉱山の発掘でしょうか」
リリアーナ嬢が言う。8歳で他家の特産品まで知ってるなんて… さすが次期王妃と名高いご令嬢だな。
「そうだよ。リリアーナ嬢はよく知っているね。鉱山の発掘は限りがあるからワインをブランド化して王家御用達にしたんだ」
「なるほどね。ぶどうも自分の領地で作っているんだろう?なら、他の果実もエルック公爵領で作れるんじゃないかな?」
オズが言う。
えっ、そうなのか?
「ぶどうが作れるってことは日当たりが良くて水はけが良いんじゃない?そういう場所はだいたいの果実を栽培できると思う」
「へえ〜、父さんに言って植物学者でも招こうかな」
リリアーナ嬢も凄いけど、オズも凄いんだな。
さすがは次期グリトリッチ公爵。
「確かグリトリッチ公爵家では綿花の栽培や蚕を飼って綿や絹の生産、それによる洋服の縫製業が有名だよね」
そのため、グリトリッチ公爵夫人のドレスは毎回パーティーで話題になっている。
社交界の流行を作っているのが、王妃ではなくグリトリッチ公爵夫人だということにグリトリッチ公爵家の権力を感じるな。
「洋服のデザインもお母様がやっていますの」
リリアーナ嬢が言う。
えっ、グリトリッチ公爵夫人は宰相である公爵の代わりに領地経営を行っているから忙しいと思うんだけど?
「お母様は領地経営の差配から自らの洋服ブランドのデザイン、孤児院や病院の設立など飛び回っているんですの。私達の自慢の母ですわ」
へぇ~。それに母親のやっていることを理解してそれを自慢に思うあたり凄いよな。
普通のご令嬢なら母親に会えなくて寂しいとか思いそうだけど。
「確かに少し寂しいですけど、領民のために身を粉にして働くお母様には敬服しています」
··子供らしからぬ物言いに少し興味を覚えた。
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その後、同じ王子の側近としてオズとは仲良くなった。
「なぁ、オズ。お前婚約者ができたそうだな」
オズがヴァイオレット・アリヴァラ伯爵令嬢と婚約したことは風の噂に聞いた。
オズを狙っていたご令嬢達が悲しんでいるとか。
「どういう子なんだ?」
「そうだね。ヴァイオレット嬢は玉のように可愛らしく、また聡明な淑女の鏡だよ」
珍しい。オズがそこまで言うなんて。興味が出てきた。
そう言うと、
「ヴァイオレット嬢は俺の婚約者なんだから手を出すなよ」
オズが俺をじろりと睨む。
こいつのこんな表情を見たのは初めてだ。
どうやら骨抜きにされているらしい。
「好きな人と結婚できるなんておまえが羨ましいよ」
政略結婚が当たり前な貴族にとって想い合っている人と結婚できることは稀だ。
「そう言うアルは婚約者いないのか?」
「ああ」
そう、なぜか俺には婚約者がいない。
なんでだろうな?
「なら、リリアーナはどうだ?」
「はっ?なんで」
驚いたのも無理はない。
リリアーナ嬢は王子の婚約者候補筆頭だからだ。
「リリアーナ嬢は第一王子の婚約者候補だろう?」
「まだ決まっていない」
それはそうだが…
「父上が王家には渡さんと言ってな。第一王子は父上のお眼鏡には敵わなかったようだ」
いや、王子より上のやつなんていないだろ。
グリトリッチ公爵、リリアーナ嬢を嫁がせたくないだけだろうな。
「それにアルフォンス、お前のタイプは聡明な女性だろう?リリアーナは王子妃に相応しいほどの知力を持っている。お似合いだと思うぞ」
まぁ、8歳でありながら他家の領地経営を理解していたご令嬢を俺は他に知らない。
「俺はグリトリッチ公爵のお眼鏡に敵わないと思うぞ」
その言葉にオズが笑う。
「おまえなら大丈夫だ」
そうか?
その後、父上がグリトリッチ公爵に俺とリリアーナ嬢の婚約を願い出た。
なんと、面談があるらしい。
「まぁ、グリトリッチ公爵はリリアーナ嬢を溺愛しているからな。気負わずにやれば大丈夫だろう」
父上、無責任すぎでは?
そう言いたいがやめておいた。
「まあ、頑張りますよ」
「はじめまして、グリトリッチ公爵様。エルックス公爵が息子、アルフォンス・エルックスでございます」
初めてこんなにも間近で公爵を見たが、圧が強い。
これが我が国の宰相なのかと納得もするが、かなり緊張する。
「うむ、クリストファー・グリトリッチだ」
なんかしかめ面してません?
「早速だが、リリーをどう思う?」
おおう。ド直球できたなぁ。
「そうですね。聡明な令嬢だと思います」
「どういうことだ?」
グリトリッチ公爵が聞く。
「初めてお会いしたのは私が10歳、リリアーナ嬢が8歳の時です。彼女は幼いながらに我が家の領地経営のことを理解しておられました。また、お忙しいお母上に対し『寂しい』と思わず、領民のために働く姿に『敬服する』と言ったのです。それがどんなに稀か閣下はお分かりでしょう?あの歳で貴族としての考え方をするリリアーナ嬢に興味を抱きました」
「なるほどな。さすがはエルックスの跡継ぎと行ったところか」
ん?なんで俺?
「リリーを『美しい』ではなく、『聡明』と評価した男はおまえが初めてだからな」
「聡明でなくては王子の婚約者候補に名を連ねることはできないでしょう」
「リリーは王子の婚約者候補ではない」
あれ、違うの?
「なぜあんなボンクラにうちの愛娘をやらねばならん。不幸になるのが目に見えている」
不敬ですよ、王弟とだとしても。
「しかも、『あの』王妃が姑になるのだぞ?確実に虐めらる」
『あの』王妃ねぇ…
今の王妃は正直国母として相応しくない。
なぜ賢君と称される陛下があの女を王妃にしたのか今でも謎である。
「ふむ。アルフォンス・エルックス、お前をリリーの婚約者になることを認める」
どうやら公爵のお眼鏡に敵ったらしい。
オズの言う通りだったことに驚きだ。
「嫌なのか?」
「驚いただけです。公爵様のことだから『娘はやらん!』とか言いそうだったので」
この言葉に公爵様が苦笑する。
「エミリーに言われたんだ。『リリーを結婚させないと私は離婚しますわよ!』とな」
グリトリッチ公爵夫人、強いな…
「まぁ、生半可な気持ちの男にリリーを渡す気はなかったんだがな。お前はリリーの本質を理解しているし、俺にも臆せず話すことができる。次代の王国を背負って立つ男が俺に緊張し過ぎて話せないというのはありえない」
まぁ、そうですね…
「えっと、ありがとうございます」
そして、俺はリリアーナ嬢の婚約者になった。
「アルフォンス!リリアーナ嬢と婚約したそうだな!」
第一王子が突っかかってくる。
面倒くさいわ!
「グリトリッチ公爵をどうやって攻略したんだ?リリアーナ嬢を誘惑でもしたのか?」
この言葉にはかちんときた。
「お言葉ですが、リリアーナ嬢とは私が10歳のとき以来会ってませんよ。グリトリッチ公爵には面談をして認めてもらったんです」
第一王子が
「なぜ俺は駄目で、俺より下のあいつが認められたんだ?おかしい…」
とブツブツ言った。
なんか怖いな。
「やあ、アル。リリーと婚約したんだってな。俺の言った通りだろう?」
オズに声をかけられる。
ニヤニヤとした表情がオズの手のひらで回っていたようで少し苛ついたが、オズのおかげでリリアーナ嬢と婚約できたので何も言えなかった。
「ああ、お前のおかげだよ。ありがとう」
「どういたしまして。それでリリーとはいつ会うんだい?」
「忙しくてな。来週ぐらいだと言っておいた」
まったく、なぜここまで忙しいのか。
「そうか。もしかして、第一王子からはなんか言われたか?」
さすがオズ、鋭いな。
「殿下がリリーに執着しているのは有名だからな。殿下の機嫌を損ねないように気をつけろ」
もしかしてこんな忙しいのって、嫉妬した殿下の嫌がらせじゃないか…?
「お久しぶりです、アルフォンス様。婚約者としてよろしくお願いいたしますね」
週末にリリアーナ嬢との茶会が開かれた。
会うのはかなり久しぶりだが、昔の面影を感じさせる。
母親である公爵夫人や父親の公爵よりも、『ヴェルナーの女神』と謳われた先代の王妃にそっくりらしい。
王家ならではの金髪碧眼。鼻筋の通った小さな顔にはくっきりとした二重まぶたと零れ落ちそうなほど大きい瞳、ぷるんとした薔薇色の唇が綺麗に配置されている。
『妖精姫』の異名をとるだけあるな…
「リリアーナ嬢、これからよろしくね」
こうやって、リリアーナ嬢とは週に1回ほどのペースで会った。聡明なところも全く変わっておらず、知性を感じさせる。
オズには感謝している。
確かに俺のタイプは聡明でハキハキとした女性だ。
幼い頃は思わなかったが、リリアーナ嬢は俺のタイプどストライクらしい。
面談のときに、公爵から言われた言葉がある。
『アルフォンス、リリアーナを守るために何でもできるか?』と。
その時はどうなんだろうなと思っていたが、今ではよく分かる。
好きな人を手放したくないのだ。その人がどんなに逃げようとしても、捕まえて一生閉じ込めたくなる。彼女を他の男に見せたくない。彼女は俺にだけ笑いかけていればいいし、俺の声だけ聞こえていればいい。
自分でも怖いと思う。それでも離すことはできないし、させない。
第一王子からのちょっかいも退け、公爵からのスパルタ教育にも耐え抜いた。
あとは成人を待てば結婚と言った時に事件は起きた。
「アルフォンス様、婚約破棄してくださいませ」
この言葉を聞いたとき、それはもう衝撃を受けた。
俺のことが嫌いになったのか、それとも王子妃になりたいのか。
聞いてみると、どうやら自分が平凡で俺には相応しくないと思ったらしい。
リリアーナは聡明なのだが、自己評価が低く、また頑固な性格なのでそう思い込んでしまったのだろう。
リリアーナは唆されたわけではないらしく、ホッとする。リリアーナにそんなことを吹き込んだやつがいたら、社会的にこの世から居場所をなくしてやる。
たまにオズにそう言うと、
『本当、アルって父上にそっくりだよね…』
と諦めたような顔で苦笑される。
あんな化け物みたいな人に似ていると言われてもあんまり嬉しくないぞ。
婚約破棄の撤回をリリアーナに押し切って俺はホッとした。これでリリアーナに捨てられたら、俺精神的に死ぬな…と。
「アル、リリアーナは婚約を維持しようとしてるから、周りをイライラ発散に使うなよ」
オズにそう言われた。
いやー、リリアーナに婚約破棄について言われたその帰り、どうやら俺は殺気を放っていたらしい。
屋敷についたときに護衛が失神しているから何事かと思ったのだが、俺のせいと聞いて、すんません…と反省した。
「別に?もう少しで結婚できるし、逃さなければ良いだけだから」
「うわっ、こっわ…」
オズが苦笑する。
好きな人がいる男ならこんなもんだろ。
疑問に思った俺だった。