8 読書会
中庭のアーチを抜けてすぐのところに、アールデコ調の白いテーブルが並べられている。椅子は全部で6脚。今日は少し日差しも強いので、大きなパラソルも用意されている。
初夏にふさわしく、芝や垣根の緑が鮮やかで、春ほどとはいかないものの、いろんな花が咲いていて目にも楽しい。
本日は、グレイシス主催のごく親しい者のみを招いたお茶会だ。
グレイシスの右隣には親友のポリエット公爵家令嬢マリアンヌ、左隣にはエバンス公爵家へ嫁いだ姉のジョアンナ、正面にはアラベスト侯爵家令嬢のミランダ、オートリー伯爵家の令嬢イザベル、クルーズ伯爵家令嬢のステファニーが並んで座っている。
皆、国の中枢を担う家の令嬢である。
社交は楽しく過ごすだけではなく、その家、または国家にとっての重要な情報収集の場でもある。
とはいうものの、今回のお茶会は“読書会”という名目がちゃんとあるわけで。流行りの小説やおすすめの本の感想を言い合う、気軽な会なのだ。
「私がいま読んでいますのは、輸入した本で、聖女様が諸国を回る冒険譚ですの。道中に知り合う騎士様との恋が素敵ですのよ」
そう語るのはミランダだ。
「まぁ、素敵。私も読んでみたいですわ。輸入したということは、アメイジング王国の本屋には置いていないということですのね。もしよろしければ、私に貸していただけないでしょうか」
「私にも、ぜひ」
唯一の既婚者であるジョアンナでさえ、恋愛小説が好きなのだ。未婚の令嬢たちがのめり込むのも無理はない。
ミランダだけは同じく侯爵家の嫡男と婚約をしているが、他の者には未だ決まった相手はいない。いまだに貴族は政略結婚が主流であるとはいえ、少しずつではあるが自由恋愛の末の結婚も最近では増えつつある。
そのせいだろうか、少し前からは考えられないことではあるが、婚約者のいない令嬢は少なくはない。
グレイシスも、おそらく父が相手を決めることになるのだろうと思ってはいるのだが、姉のジョアンナのような恋愛結婚には非常に憧れを抱いている。大好きな姉が恋をしている様子をずっと間近で見聞きしてきたので、できれば自分も、という思いも強いのは確かだ。
好きな相手と結ばれるとは、どんな気持ちなのだろうか。
姉をみていると、いつも幸せそうに微笑んでいて、夫婦で一緒にいるときには、愛おしそうに見つめ合い笑いあっている。
両親は政略結婚ではあるが、お互いにとても愛し合っていて、子供たちにも愛情をたっぷりと注いでくれる。
どちらも、とても素敵な夫婦なのだ。
身近にこんな幸せそうなカップルを見ていると、いつか自分も、と思ってしまうのは仕方のないことだと思う。
ーーーそんなことを考えていると、ふと、シャアルの顔が思い浮かんだ。
グレイシスはドキッとして、顔が火照るのを感じた。
「あら、グレイス。どうしたの?お顔が赤いわよ?」
隣のジョアンナから声をかけられ、グレイシスは慌ててティーカップに手を添えた。
「なんでもありませんわ。お姉様」
恥ずかしさを隠すために、なるべく落ち着いて紅茶を一口飲む。
ジョアンナは不思議そうにしていたが、なにせ今のこの状態を自分でもうまく説明することができないのだ。クッキーをひとつ摘み、口に運ぶことで誤魔化してみる。
「グレイス様は、いま読んでいる本はないのですか?」
ふいに反対隣のアリアンヌから声をかけられ、多少びくっとしてしまったが、誰にも気づかれてはいないようなので、敢えて何事もなかったようにグレイシスは答える。
「今朝、侍女のデイジーが、おすすめだという小説を持ってきてくれましたの。まだこれから読むのですが、“愛の妖精シリーズ”というらしいですわ」
「まあ! 愛の妖精シリーズといえば、今一番話題の恋愛小説ですのよ。私はまだ二冊しか手に入れていないのですが、あれは本当におすすめですわ」
「私も持っていましてよ。グレイシス様、ぜひ読んでみてくださいませ」
ミランダとイザベルが言うと、ステファニーはうっとりと目を閉じてみせる。どうやら、このシリーズ、本当に流行っているようだ。
「ジョアンナお姉様も、読んでいらっしゃるのですか?」
隣の姉に尋ねると、当然、というように返される。
「もちろんですわ。むしろ、あなたが知らなかったことが不思議なくらいです」
恋愛結婚の姉も推している小説となれば、なおのこと読んでみたい。
「皆さまのおすすめとなれば、とても興味が湧いてきましたわ。では、今日から早速読んでみることにいたしますわね」
グレイシスは胸に手をあて、期待に目を輝かせるのだった。