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51 父王からの呼び出し

いよいよ、シャアルとの約束を明日に控えた青空の(もと)、グレイシスは中庭のアーチまで歩いてきていた。

大好きな花たちに囲まれて、早る気持ちを落ち着かせようと来てはみたものの。

なにせ、はじめての恋、はじめての告白。

なにもかもが手探りなのだ。

ピンク色の薔薇に顔を近づけると、ほわっと良い香りが鼻腔に広がった。


その香りを堪能していると、ふいに、この薔薇に触れながら語っていた、アークボルト帝国の第二皇子ミハエルの姿が頭に浮かんだ。


とても気さくな人柄には好感が持てたが、帰国の前日に言っていた言葉を思い出す。

しばらく忙殺されていたので思い出すこともなかったが、ひとたび思い出すと気になって仕方がなかった。


少しの不安を抱きつつピンクの花に触れようとした時に、うっかりグレイシスは白い指に棘を刺してしまった。

ぷくりと血が玉のように盛り上がる。

グレイシスはその様をぼうっと見つめていた。

付き添いの侍女が慌てて寄ってきて、傷口をハンカチで押さえてくれたが、グレイシスは胸の隅に嫌なモヤがかかったような気がしてたまらなかった。




そこで、近衛騎士が足早に近づいてきてグレイシスのそばで立ち止まると、右手を左胸に当て騎士の礼をとった。


「グレイシス王女殿下に申し上げます。国王陛下がお呼びです。陛下の執務室にご案内するよう申しつかっております」


父の執務室に呼ばれることなど、ほとんどない。

何事だろうと思いつつも、グレイシスは返事をした。


「わかりましたわ。案内をお願いします」


「はっ!」


案内の近衛騎士の後ろを歩くグレイシス、そして侍女と護衛騎士たちがそれに付き従う。


嫌な予感ほど当たるものである。

グレイシスは借りたハンカチで指を押さえつつ、父王の執務室まで急いだ。






執務室の前まで来ると、先導してくれた近衛騎士が扉をノックする。


「グレイシス王女殿下をお連れいたしました」


「入れ」


中から返事が聞こえ、両脇に控えた騎士たちが扉を開けてくれる。


「失礼いたします」


背筋を伸ばしたグレイシスは、部屋の中に入っていく。

中には父王と宰相がいるだけだった。

執務机に座った父王は、傍に立つ宰相に一言二言囁くと、宰相は頷いた。

グレイシスに一礼して部屋を出ていく宰相を目で追いながら、グレイシスは父王に促されて目の前のソファに腰を下ろした。


「よく来てくれたね、グレイス」


「いえ。わたくしもお父様にお話したいことがありましたので」


そうか、と、父王はグレイシスの正面に座った。


「グレイスの話は後で聞くとして、先に私の話をしてもいいかな?」


いつも娘のグレイシスに対して穏やかな微笑みを浮かべている父王は、今は少し硬い表情をしている。

グレイシスも気を引き締めて、父王と向き合った。


「はい。もちろんですわ」


一つ、大きく息を吐いた父王は、自分から受け継いだグレイシスの紫の瞳を見つめた。


「実はなグレイス。君に縁談がきている」


「………………え………………?」


「アークボルト帝国からの縁談だ。先日のミハエル殿下の話を聞いて、皇帝陛下が君をいたく気に入ったそうだ」


「……………………」


グレイシスの心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。

思わず左胸のドレスをギュッと握る。


「アークボルト帝国とは、戦後ずっと和平関係を築いてきている。ここで、その絆をより一層強固なものにしたい、という皇帝陛下のお考えだ。相手がミハエル殿下ではなくジャイルズ第一皇子殿下だということには驚いたが、どうだろう。私は良い話だと思うのだが」


グレイシスは、震える膝の上に握った左拳を乗せる。頭の中が真っ白で、考える力を失ってしまったかのようだ。

それでも、懸命に声を絞り出す。


「……お父様…………わたくし、好きな方がおります…………」


その言葉を聞き、父王は目に手を当てて天を仰いだ。


「……なんてことだ……」


しばらくそうしていた父王は、グレイシスを見つめ、ゆっくりとした口調で話す。


「知ってのとおり、アークボルト帝国は大国で、わがアメイジング王国は小国だ。……君ならわかるね。この縁談は、断ることができないのだよ……」


グレイシスはヒュッと息を吸い込んだ。


「すまない、グレイス。なにも出来ない不甲斐ない父を許しておくれ」


グレイシスはショックから立ち直れずにいたのだが、あまりのことに現実味を感じることもできず、どこか他人事のように聞いているところもあった。


「お父様。しばらく一人になりたいです……」


グレイシスはようやくそれだけを呟くと、生気のない表情ですうっと立ち上がり、部屋から出ていった。


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