5 妖精の森
久しぶりにお稽古事や勉強、仕事もないお休みの日。
グレイシスはこのたまのお休みの日になると、たいていお忍びに出かける。
街に出て可愛い雑貨を買い求めたり、人気のカフェで評判のケーキを食べたりするのも好きだが、一番のお気に入りは森で過ごすことだ。
建国以来、妖精たちに守られているといわれているアメイジング王国。その王都アメイジングスの南には、妖精の森と呼ばれる小さな森がある。
アメイジング王国自体が小さな国であるので、妖精の森までの道のりは、それほど遠くはない。グレイシスは毎回愛馬キャロルに跨って駆けていく。
街中を過ぎればキャロルを疾走させ、そんなに時間をかけることなく到着するのである。
今日も今日とて、お供もつれず、いや、正直なところ城内で撒いてくるのだが……、妖精の森まで遊びに来ていた。
小さな森なので鬱蒼としているわけでもなく、明るい木漏れ日が優しく差し込んでいる。
森に入ってしばらく行ったところで、グレイシスはキャロルからおりて、手綱を引いていった。
更に奥まで進んでいくと、綺麗な小川がさらさらと流れていて、そのそばには少し開けた場所があり、これまた小さな可愛らしい小屋といえるような家が建っている。
この家は、グレイシスの祖父が幼い父のために建ててくれたものだ。なんでも、動物好きの息子可愛さに、身近で動物と接する場所を、と作った遊び場だそうだ。
(あら?)
そこには珍しく先客がいた。あまり人が来ない所なので、グレイシスは少し驚いてしまう。
ゆっくりと近づいていくと、大きな黒い馬に小川の水を飲ませている男性の姿がはっきりとしてきた。
やがて、向こうもこちらに気がついたようだ。
「こんにちは」
声をかけると、青年は一瞬目を見開いた。
が、すぐににこやかに挨拶を返してきた。
「こんにちは。ここは素敵なところですね」
青年の穏やかな雰囲気に、少し身構えていたグレイシスも笑顔を見せる。
「ええ。ここは幼いころから、わたくしのお気に入りの場所なんですの」
黒い毛並みの馬のそばにキャロルをつれていき、並んで水を飲ませる。
グレイシスはキャロルを撫でながら青年の横顔をうかがい見た。
(なんて素敵な方なのかしら……)
切長の涼しげな目元、澄んだ空のような青い瞳。綺麗な形の眉に、鼻筋はすっと通っていて、薄い唇の端は機嫌良さげに少し上がっている。
どこをとっても彫刻のように整った顔をしていて、金色の髪はきらきらと輝いていた。
背はグレイシスよりも頭一つ分ほど高い。
腰には帯剣しており、一見、細身のように見えて、鍛え上げられた筋肉がシャツの上からでもわかる。
じっと見つめていたので視線を感じたのだろう、青年はふとグレイシスを見た。
目があった瞬間、グレイシスは急に頬が熱くなるのを感じ、恥ずかしくなって下を向いた。
頭の上から、ふっと笑う気配がして顔を上げると、口元を隠して楽しそうに肩を揺らす青年が見えた。
「な、なんで笑うんですの?」
小さな声で抗議すると、青年は目を優しげに細めて言った。
「ごめんごめん。あまりにも可愛かったものだから」
グレイシスはぱっと両手で頬を押さえた。
こんな素敵な人そんなことを言われて、照れない女性はいないだろう。もちろんグレイシスも間違いなくその一人である。
王城や社交の場ではお世辞にも褒められることは多いが、初対面の、こんなに素敵な男性に言われるとさすがに照れ臭い。
「か、からかわないでくださいませ……」
青年は口元を緩めた。
「本当に可愛かったんだよ。気を悪くしたなら、ごめんね」
グレイシスは照れ隠しにキャロルを連れて小屋のそばに行くと、キャロルは慣れたように草を食べはじめた。
後ろから青年も自分の馬を連れてきて、横に並んだ。
「こいつにも食べさせてあげたいんだけれど、いいかな」
「ええ。もちろんですわ」
グレイシスはまだ赤い頬のまま微笑んだ。
それを見た青年は再び目を見開くと、わずかに頬を染めた。
なんだかお互いに恥ずかしくなってしまい、グレイシスは誤魔化すかのように青年の黒い馬を撫でた。
「素敵な馬ですわね。毛並みがすごく綺麗。名前はなんというのですの?」
「リュークっていうんだ。私の良い相棒だよ」
「リューク……強そうで良い名前ですわ。この子はキャロル。わたくしのお友達ですの」
今度は青年が白馬を撫でる。
「良い子だ、キャロル。よろしくね」
大きくて筋張った、男の人の手だった。
「自己紹介がまだだったね。改めて、私はシャアル。君の名前を聞いてもいいかな」
青年、シャアルはにこりとする。
「家族や親しい人は、わたくしのことをグレイスと呼びますわ」
「よろしく、グレイス嬢」
シャアルが微笑むのを見ると、グレイシスの心臓が大きく鼓動した。