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43 優しいひと

グレイシスは執務室で書類の山と向き合っていた。

父王が言ったとおり、仕事量は明らかに増えているのがはっきりとわかる。だが、幸いなことにグレイシスは仕事はそれほど嫌いではない。

シャアルから贈られたガラスのペンで書類に署名を入れていき、決済済の箱に入れていく。

ミハエルやアークボルト帝国からの客人の対応で兄たちが多忙な中では、グレイシスは今まで以上の戦力として扱われている。

誇りであると同時に、責任の重さを改めて感じながら向き合っていた。


―――コンコンコン


扉がノックされ、近くに控えていたデイジーが取り次いでくれる。


なにやら話し声が聞こえてはくるが、内容まではわからなかった。扉をいったん閉めてグレイシスのそばまで来たデイジーは、苦笑した。


「ミハエル殿下から、午後のお茶をご一緒に、とお誘いをいただいております。いかがされましょうか」


正直なところ、ミハエルは好青年でとても好ましいのだが、とにかく回されてくる仕事の量が尋常じゃない。

グレイシスは少し考えてから返事をする。


「喜んでお受けします、と伝えてちょうだい。それまでに頑張って仕事を終わらせますわよ」


大事なガラスで出来た花柄のペンを目の前に突き立て、自らに激励を送る。


「はい。かしこまりました。では、そのようにお伝えいたします」


デイジーは、ドアの外で待っていた使者の元へと歩いていった。






グレイシスは、わずかにヘロヘロしながら廊下を歩いていた。

やっと終わった。

あの膨大な量の書類を片付けてやった。

なんとも微妙な達成感を抱きつつ、約束のガゼボへ向かう。


果たして、かの人はすでにそこにいた。

丸い屋根のガゼボの横に佇んで、護衛の近衛騎士と話をしている。

ミハエルの親しみやすいその雰囲気は、周りを引き込むのであろう。騎士は護衛の任を続けつつも、彼の会話に付き合っていた。


やがて彼はこちらに気がつくと、気さくに右手を上げてよこした。


「こんにちは。グレイシス殿下。お忙しいところお呼び立てしてしまって申し訳ない」


グレイシスは、この人の良さそうな笑顔に、ほんわかとした心地になる。


「とんでもないです。わたくしは大丈夫ですわ。それよりも、お待たせしてしまったでしょうか……」


「いえいえ。貴女に早くお会いしたくて、僕が早く来てしまっただけですから。お気になさらず」


グレイシスはわずかに目を見開いた。


(この方、社交辞令とはわかっていても全然嫌味なところがないですわ。本当に人付き合いがお上手な方ですのね)


ひとしきり感心すると、彼をガゼボの席に案内をする。

正面の席に腰掛けると、それを合図とするように侍女がワゴンを押してきて紅茶とお菓子を並べると、少し下がったところに待機した。


―――世間話やお互いのことを話しているだけなのに、先程からやたらと侍女たちの視線を感じる……。しかも熱い視線。なぜかしら。


普段は少し伏し目がちに控えている彼女たちだが、どうやら今日は積極的にこちらの様子を窺おうとしているようだ。

それに、耳も僅かに傾けているような気がしてならない。


グレイシスが不思議に思って首を傾げると、ミハエルはグレイシスの顔を覗き込んできた。


「どうかしましたか? もしかしてお加減がよろしくないのでは?」


グレイシスは慌てて言い訳をする。


「いえ、なんでもありませんわ。ご心配いただき、ありがとうございます」


ミハエルはさっと席を立ち、グレイシスの方に回ってくるとグレイシスの手をとった。


「いえ、今日は僕が無理を言ってお誘いしてしまいましたし。外は涼しいですから、これ以上お体を冷やしてもいけません。だいぶ話し込んでしまいましたし、お部屋までお送りしますから、今日はもうごゆっくりとされてください」


「あ……、ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきますわ」


全くもって、これっぽっちも寒くはないのだが、疲れているのは確かなので、ここは彼の好意に甘えさせてもらうことにする。


(本当に、よく気遣いの出来る方ですのね)


グレイシスは彼に手を引かれながら、城の中に入っていった。





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