39 思い出を花に込めて
今日はやりたいことがある。この日のために、書類仕事を頑張って前倒しにしてきた。
数日前からずっと楽しみにしていたことだ。
そろそろ良い頃合いかもしれない。
浮き立つ気持ちを抑えながら朝食を食べ終えたグレイシスは、急いで自室に戻り、窓際に吊るしておいた沢山の花を近くで見て、指で突いてみる。
いつか、シャアルと妖精の森とモルドーの丘の花畑で摘んだ、白と薄紫色の小さな花たちだ。
摘んできてすぐに仕込んでおいたのだが、ようやく綺麗なドライフラワーが出来上がったところである。色もほとんど抜けておらず、良く仕上がっていると思う。
それらを一つずつ丁寧に外していき、テーブルの上に並べていく。
グレイシスは、部屋の奥にある棚の扉を左右に開け、中から細い筆と透明な瓶を取り出した。
ソファに腰掛け、目の前のテーブルの上に汚れてもよいような布を広げる。瓶の蓋を開けると、透明なニスがキラキラと輝いていた。
グレイシスは筆を取るとニスに浸し、小花をピンセットで摘みあげると、そおっと花に筆を当てた。花びらが散らないように、形が崩れないように、細心の注意を払いながら塗っていく。
一つ終わるとまた窓際に吊るし、そして次の花を手にする。とても細かな作業だが、グレイシスはこの過程が結構好きだった。
そうして時間をかけて全て塗り終わると、それを見計らっていたかのようにデイジーから声を掛けられた。
「お疲れでしょう。お茶を淹れますから、少し休憩されてはいかがですか?」
「ありがとう。ちょうど喉が渇いたと思っていたのよ。お願いできるかしら」
「はい。少々お待ちください」
デイジーは香りの良い茶葉を選んでティーポットに入れる。
熱いお湯を注ぎ蒸らすと、温めたティーカップに紅茶を注いだ。
その時、ベストドロップとよばれる最後の一滴まで淹れるのがコツ、というのはデイジーの言だ。
そうして香り豊かな紅茶が淹れられ、デイジーはティーカップをグレイシスの前に置いた。
続けてワゴンから、お菓子の入った白くて可愛らしい皿を持ってくる。
「まあ。今日のお菓子は見た目が可愛らしいですわね。食べるのがもったいないくらい」
色とりどりの菓子が目に楽しい。
グレイシスは迷いながら黄色い菓子を一粒摘んだ。
口の中で、カリッと音がする。
「それは、甘い砂糖でコーティングしたアーモンドだということです。お口に合いましたか?」
「もちろんよ。とても美味しいですわ」
続いてピンク色の粒を摘んで口に運ぶ。
カリカリという音が小気味良い。
美味しい上に見ても楽しめるなんて、得をした気分だ。
グレイシスは一口紅茶を飲んで喉を潤すと、今度は水色の粒に手を伸ばした。
「どうしましょう。止まらなくなってしまいましたわ」
「それは、よろしゅうございました」
デイジーは笑って頷いた。
公務の書類仕事を終えて自室に戻ってきたグレイシスは、すぐさま窓辺に吊るしておいた花の様子を見に行く。
窓を細く開けていたおかげで、ニスはとてもよく乾いていた。
(うん。これなら大丈夫そうですわね)
ニスを塗った花は、一先ず手頃な大きさの箱の中に仕舞い込んだ。
そしてグレイシスは本棚へと向かい、分厚い本を持ってくる。先日、押し花にしようと白い花を挟んだ本だ。
ページをめくると、形良く綺麗に押された花が出てきた。
(うん。綺麗に押せていますわ)
そっと手のひらに乗せて、グレイシスは微笑んだ。
(これは、シャアル様が手ずから髪に挿してくださった花ですもの。大事にしなくては)
特別な思い入れのあるその一輪で、グレイシスは可愛らしい栞を作っていく。
淡いピンク色をした紙の上に、その大事な白い小花を置く。さらにその上から、透けるほど薄く上等な紙を乗せていく。糊で丁寧に貼り付けていき、きちんと乾かして。
そうして完成したその栞の出来栄えに満足して、そっと胸に抱きしめた。
あの時、彼が触れた髪が熱く感じた。
この花を髪に挿して、似合うと言ってくれた。
優しい微笑みで見つめてくれた……。
(シャアル様、貴方のことが好きです。こんな気持ちははじめて……)
グレイシスは、そっと目を閉じた。




