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36 グレイシスの苦手なもの

楽しい食事も終わって、ソファに並んで座りまったりと過ごしていると、カーテンの隙間からピカッと光ったのが見えた。

次の瞬間には、ゴロゴロ……と雷鳴が轟き、グレイシスの体はびくっとこわばった。


シャアルは読んでいた本から顔を上げる。


「ついに雷が鳴り出したか……」


彼は読んでいた本に栞を挟むと、腰を上げ、窓のそばまで歩いていく。

カーテンを少し持ち上げるように外の様子を窺っていたが、すぐに閉めた。

直後にまたカーテン越しに光ったのが見え、続いて雷の鳴る音がした。


「グレイス。私は馬小屋を見てくるよ。リュークたちが雷に驚くといけないからね」


シャアルが踵を返そうとすると、グレイシスは慌てて立ち上がった。


「わ……、わたくしも一緒に行きますわ!」


飛んでくるようにそばに来て、グレイシスはシャアルのシャツの裾をちょこんと掴む。

引っ張られた感覚がして、シャアルは自分のシャツの裾を見下ろした。


(なに可愛いことをしているんだろう?)


こてんと首を傾げたシャアルは、グレイシスに言う。


「じゃあ、一緒に行こうか」


「はい! よろしくお願いいたしますわ」


(…………?)


何が? と思ったが、とりあえず彼はシャツを掴んでいたグレイシスの手を解き、大きな手で包み込んだ。


手を繋いで行く、というほどの距離でもないので、あっという間に馬小屋にたどり着いてしまう。

扉を開けると、ランプが点る薄暗い中で、やはりリュークとキャロルは仲良く寄り添っていた。

どちらかといえば、雄のリュークが雌のキャロルを守っているようにも見える。

その微笑ましい様子を見て、シャアルは顔を綻ばせた。


「偉いぞ、リューク。しっかり女の子を守っているんだな」


そう言いながら、リュークの脇腹を撫でてやる。リュークは、心なしか嬉しそうに首を振ってみせた。

隣からおずおずとグレイシスも顔を出して、キャロルに歩み寄って手を伸ばした、その時――――


ピカッ  ゴロゴロゴロ……


「きゃっ!」


近くに落ちた雷に驚き、思わずグレイシスはシャアルにしがみついた。

突然の出来事に、シャアルは頭の中が真っ白になり、体は硬直した。


グレイシスはぎゅっと目を瞑り、力一杯、彼の腰にしがみついている。

しばらくそうしていると、雷の音で我にかえったシャアルは、おそるおそる手を持ち上げ

グレイシスの肩にそっと置いた。

グレイシスは小さく震えている。

おそらく、雷が苦手なのだろう。

それで、自分を頼ってくれているなんて可愛いにもほどがある。

胸を掻きむしりたくなるような嬉しさを誤魔化しつつ、彼女を少しでも安心させてあげたくてそっと背中に手を回した。


グレイシスの体がびくりと揺れる。

シャアルは幼子をあやすかのように、彼女の背中をポンポンと叩いてやった。

グレイシスの体からはだんだんと力が抜けていき、気がついた時にはシャアルに甘えるように体を預けていた。


どれだけの時間をそうしていただろうか。しばらくそうしていると、さっきまで地面を揺らすかのように鳴り響いていた雷が少しずつ遠ざかってきた。

グレイシスの体の震えがおさまってきた頃、シャアルは彼女の頭に手を置いて優しく撫でてやった。


ようやく落ち着いてきたのであろう。グレイシスは小さく息を吐き、ゆっくりと顔を上げる。至近距離で絡まった視線に、シャアルの胸はドキリと高鳴った。

グレイシスの紫色の瞳は潤み、さくらんぼのような赤い唇は小さく開いていた。

―――時間が止まったような気がした。

息ができないほど胸が苦しくなり、気がつけば彼女を強く抱きしめていた。


「…………シャアル様…………?」


小さな声が聞こえて、シャアルは我にかえった。


(私はいま…………なにをした……?)


グレイシスの両肩に手を置き、ゆっくりと体を離す。


(危なかった………理性がきかなかった。彼女を傷つけるところだった……)


安心させようと、もう一度頭に手を置く。


「もう大丈夫だ。雷は遠くへいったよ」


グレイシスはぽっと音がしそうなほど、顔を赤くした。


「わ、わたくしったら……、申し訳ありません。ご迷惑を………」


「そんなことはないよ。さあ。もうここは大丈夫だ。リュークがキャロルをちゃんと見てくれているからね。私たちも部屋に戻ろう」


シャアルは少し気まずい思いで、さっと踵を返した。

グレイシスも、そのすぐ後をついて馬小屋を出た。




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