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31 シャアルの魔法

――くしゅんっ


可愛い音が聞こえて、シャアルは、ばっ、と立ち上がると、グレイシスのそばに歩いて行った。

グレイシスは今、簡易キッチンのポンプで水を汲んでいる。


「グレイス、寒いのかい?」


後ろに立って、心配そうに顔を覗き込む。

グレイシスは振り返り、首を横に振った。


「大丈夫ですわ。でも、フードも被っていましたし、服も着替えたとはいえ、少し髪が湿っていたのかも……」


長く艶のある髪を手に取ってみる。

シャアルは周りを見渡し、薪がないか聞くと、グレイシスは馬小屋の方を指差した。


「あちらに。取ってまいりますわね」


「いや、私が行こう。君はここで温かくしていてくれ」


そう言うと、彼は部屋から出て行く。

ほどなくして両手いっぱいの薪を手に戻ってくると、暖炉のそばに置いた。

中から細い薪を選びいくつか入れて、しゃがみ込む。


「いいかい? よく見ていて?」


グレイシスが屈んでシャアルの手元を覗き込むと、彼は目の前で人差し指を立てた。

ぽっと指先に火が点いて、あっという間に薪に火を点けてしまった。

グレイシスはその一連の動作に驚いた。


「今のはなんですの!? シャアル様の指から火が出ましたわ!」


彼はクスクスと笑いながら、種明かしをする。


「私はね、グレイス。少しだけなら魔法が使えるんだよ」


「……魔法……?」


「そうだよ。とはいえ、そんなにたいしたことは出来ないんだ。簡単な生活魔法が使える程度なんだけれどね」


グレイシスは興奮したように声を弾ませた。


「いいえ。それでも凄いですわ! わたくし、はじめて魔法を見ました!」


シャアルは苦笑いをしてグレイシスの頭を撫でると、グレイシスのアメジストの瞳はキラキラと輝いていた。


「別に、秘密にしていたわけじゃないんだ。私の国では、ごく稀にだけれど魔法を使える人間が生まれるんだよ。私もその一人ってことだね」


「では、シャアル様は、アークボルト帝国の方なのですね? 帝国では、まだ魔法が残っていると書物で読んだことがありますわ」


「そうだよ。よく知っていたね。さあ、この話はまた今度にして、君はまず温かくしなくては」


シャアルは立ち上がると、椅子を持ってきて暖炉の前にグレイシスを座らせた。隣にもう一つ椅子を置き、自らも腰を下ろす。

暖炉の中に薪を足すと、火はパチパチと音をたてて大きくなっていった。


「温かいですわ……」


「それはよかった」


グレイシスの横顔を覗きながら、彼は安堵の表情をみせた。




窓を叩きつける風雨が強くなってきて、グレイシスは暖炉にあたりながら外に目を向ける。

彼に会えた。

来てよかったと、心の底から思った。

そんなことを考えていると、隣から声がかかった。


「グレイス。今日は来てくれてありがとう」


隣に顔を向けると、そこには優しげに細めた青い瞳があった。彼も同じことを考えていたのだろう、そのことが無性に嬉しかった。


「シャアル様こそ、ありがとうございます。お会いできてよかったですわ」


「どうしても君に会いたかったからね。これを逃すと、もう会えない気がしてしまったんだ」


「わたくしもですわ。でも、こうしてお会いすることができました」


「ああ」


彼が甘い笑顔をみせるものだから、グレイシスは胸が高鳴った。

グレイシスは、彼のこの笑顔が大好きだった。


だいぶ時間が過ぎてしまっていたようで、壁に掛けられた時計は、お昼をとうに過ぎていた。

途端に空腹を感じて恥ずかしくなったグレイシスは、彼にたずねる。


「ところでシャアル様。いいお時間になりましたが、お腹はすきませんか?」


「ああ、そういえば。言われてみれば、何も食べていなかったね」


「では、何か作りますわね。少しお待ちになって」


「君が作ってくれるの?」


「はい。そうですわ。簡単なものしかご用意できないのが申し訳ないのですけれど……」


「いや、そんなことはないよ。ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えても?」


「もちろんですわ。少しお待ちになっていてくださいね」


すっかり体が温まったグレイシスは立ち上がると、持ってきた袋から食材を取り出しはじめた。

シャアルはすっかり感心してしまう。


「この袋は食べ物だったんだね。すごい量だから、何かと思ったよ」


「ふふ。そうですわ、わたくしが作っている間に、キャロルとリュークに人参とお水をあげてくださるかしら。人参は、そこの袋の中ですわ」


「何から何まで用意してくれてたんだね。ありがとう。それじゃあ、そうさせてもらうよ」


シャアルが人参の袋の一つを持って部屋を出るのを見届けると、グレイシスも腕捲りをして簡易キッチンに立った。



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