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21 優しくカーテンが揺れる中で

デイジーに頼んで新たに取り寄せてもらった刺繍糸が届き、テーブルの上に広げる。

刺繍糸用の大きな箱を持ってきてもらい、蓋を開けると、一つずつ糸を入れていく。

その中は、手芸屋が開けるのではないか、と思ってしまうほどのさまざまな色の糸が並んでいる。


全ての糸を仕舞い終え、ソファーの脇によけておいたデッサン帳を手に取る。

先程書いたばかりのところを開くと、そこには今から刺していく刺繍のデザインが描かれていた。


グレイシスはデッサン帳を持って立ち上がると、窓際にある小さなテーブルに置いた。

窓を開けているので、爽やかな風が薄いカーテンを揺らしている。

ここは明るい日差しが入ってくる気持ちの良い場所で、グレイシスは好んでここで刺繍を刺す。


デイジーが心得たように刺繍糸の入った箱をこちらへ持ってきてくれた。


「ありがとう、デイジー」


「どういたしまして。今日は何に刺されるのですか?」


グレイシスはテーブルの上に置いておいたハンカチの山から一枚取り上げ、広げてみせる。


「これですわ。贈り物にしようと思って」


上質な絹のハンカチが、窓から差し込む日差しにキラキラと輝く。


「よろしゅうございますね。お茶はどうされますか?」


「今はまだいいですわ。あとからいただきますね」


「かしこまりました。なにかございましたら、お呼びくださいね」


「ええ。ありがとう」


グレイシスは二つある椅子の片方に座り、ハンカチを刺繍枠にピンと張る。

そうして、もう一度デッサン帳を眺めた。

それから黒に限りなく近い茶色い糸と針を手に取る。


まだ刺繍をやり始めた頃は、ちゃんと布に図案を下書きしてから刺していたが、図案だけデザイン帳に描いてから、それを見て好きなようにやる方がグレイシスには向いているらしい。

ハンカチに針を刺すと、もくもくと作業を始めた。このハンカチを贈る相手であるシャアルを思って、一針一針心を込めながら。




優しくカーテンが揺れる中、グレイシスは手を動かす。

わずかにシュッシュッと布と糸が擦れる音がするだけの、静寂に包まれた穏やかな空間。

グレイシスは、この時間がとても好きだった。



太陽が真上に差し掛かる頃になって、ようやく刺繍を刺し終える。

最後にハサミを使って糸の始末をすると、刺繍枠を外した。

ハンカチを目の前に掲げて、我ながら良い出来だ、と、満足そうに微笑む。


このハンカチを贈った時、シャアルはなんて言うだろう。果たして、彼は喜んでくれるだろうか。

あの優しい笑顔を思い浮かべる。


ハンカチを膝の上に置き、刺したばかりの刺繍を撫でる。

グレイシスは自然と微笑んでいた。



◇◇◇



昼食を終えたグレイシスは、執務室に向かっていた。

デイジーとドロシーが書類を抱えて後をついてくる。今日もこれからお仕事だ。

部屋に入ると、持っていた書類を執務机の上に置いたドロシーが、窓を開けて空気を入れ替えてくれる。


「ああ。良い風ですわね」


そよそよと入ってくる風が気持ち良い。


「もう秋も近いですから。空気が心地よく感じますね」


「そうね。とても澄んでいますわね」


最近では、あんなに忙しなく鳴いていた蝉がおとなしくなり、夜になると虫の音が聞こえるようになった。

あれだけ暑苦しかった訓練所も、少しは過ごしやすくなったように思う。

この執務室だってそうだ。暑い中だと効率が悪かったが、今日は進みが早いのではないだろうか。


「さあ。早く終わらせてしまいましょう」


グレイシスは椅子に座り、早速、書類を手にした。



黙々と進めていくうちに、一つの書類に目が留まった。


(これは、アメイジング王国騎士団とアークボルト帝国騎士団の合同演習に関したものですわね。パレードで街の人たちが大勢集まるから、商売をされている人たちの企画書のようね。ここにこの企画書が回ってくるということは、なにか楽しそうな催しでもするのかしら)


読み進めていくうちに、ふとシャアルの顔を思い出す。


(シャアル様は騎士様でしたわね。あの方も演習やパレードに参加なさるのかしら。それでしたらとてもお忙しくされているはず。今度お会いする時には、栄養のつくものをお持ちするのもいいかもしれませんわね)


最近のグレイシスは、何をしていても彼のことを気にかけてしまう。

こうして仕事をしているときでさえ、考えてしまうほどに。

早く会いたい、そう思わずにはいられないグレイシスであった。





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