20 はじめての買い物
早速、シャアルはジェラールを引き連れ、王都アメイジングスの街を歩いていた。
午前の執務を終え、今日だけは長めの昼休憩をとることにした。
いつもは短めにとってさっさと執務に戻ることも多いので、周りで文句を言う者はいない。むしろ、もっと休みをとってくれと言われているくらいだ。
休憩だけではない。休暇もたくさん残っている。
最近は積極的に取るようにはなってきているが、それでもまだ足りてはいない。
休みをとり、自ら自由な時間を作れるようになってきた上司に、ジェラールはほっと安堵のため息を吐く。
二人は使用人の女性から聞いた店を探している。
辺りをキョロキョロしながら歩いていると、前方に何やら可愛らしい店構えが見えてきた。
女性が好みそうな見た目のその店は、いわゆる雑貨屋である。
そこに入るのは些か勇気がいりそうだが、シャアルは店前でちらりと左右を見ては、意を決したようにドアに手をかけた。
続いてジェラールも入っていく。
案の定、広い店内は女性客ばかりで、それに臆したシャアルは一瞬足を止めたが、一つ頷くとゆっくり進み出した。
どこから見たらよいのか全くわからないので、まずは端の陳列棚から覗いてみると、香水の瓶のようなものがいくつも並べてある。
たしかに可愛らしいが、一体、何に使うものなのか、さっぱり見当もつかない。
少し横にずれて見てみると、その隣には石?のようなものが沢山ある。
いろんな色があるので、とりあえず一つを手に取り、上にかざして見てみるが、やはりこれが何なのかわからない。
そっと元に戻して、さらに隣に進む。
今度はいくつかの籠の中に、カラフルな布が畳まれて並べられている。
また、一つを取り出して広げてみるが、ハンカチくらにの大きさの端切れのようにも見える。
そっと畳み直して元の場所に戻し、ゆっくりとジェラールの方をみる。
「……さっぱりわからないのだが……」
「……俺にもわかりませんね。ですが、これだけ大きな店舗なのですから、もっと見てみないと」
「そうだな。ここが王都では女性に一番人気の雑貨屋ということだし……」
「そうですよ。さ、次を見てみましょう。これだけの品揃えなら、お気に召したものがきっと見つかりますよ」
そうやってしばらく男二人で歩いていくと、ふと、シャアルが足を止めた。
彼の視線の先にはペンがある。
わずかに身を乗り出して見ていたかと思うと、おもむろに手を伸ばし、一本のペンを手に取った。
それをまじまじと見つめる姿をみて、ジェラールが声を掛ける。
「おや。良い物が見つかりましたか?」
シャアルはペンをジェラールに見せるように掲げた。
「これなんかどうだろう」
ガラスで出来たそのペンは、小さな花の絵が細かに描かれている。
「これはこれは。可愛らしいペンですね」
「グレイスには花が似合うと思うんだ。気に入ってくれるだろうか……」
「ええ。きっと喜んでいただけますよ」
「そうか」
シャアルはグレイシスを思い出しているのだろう、わずかに頬を染めて微笑んでいる。
ジェラールはそんなシャアルの様子を、微笑ましく見守っていた。
結局、ガラスのペンと、花柄のペーパーナイフ、中に小花の入った文鎮を購入した。
ジェラールのアドバイスで、わざわざ一つずつ包んでもらった。
シャアルは紙袋を大事そうに抱えて、帰りの馬車に揺られている。
「ジェラール、今日は付き合ってくれてありがとう。助かったよ」
「いえいえ。お役に立てたなら何よりです。ああいった店には、男性一人では入りにくいですからね」
「いや、まったくだ。さすがに私一人では無理だったと思う」
「男性客が全くいなかったわけではありませんが……けっこう浮いていましたからね、俺たち」
ははは、とシャアルが乾いた笑いをする。
「でも、勉強になったよ。確かにあの店にはグレイスの好きそうな物が沢山ある。また行ってみてもいいとは思った」
「それはよかったです。でも、まずは、贈り物は一つずつ、ですよ。いきなりいくつも渡してしまっては、遠慮されてしまったり引かれてしまう可能性もありますからね」
「なるほど。そういうものなのだな。わかった。では一つずつ贈ることにするよ」
「それがいいと思います」
シャアルに、贈り物をしてはどうかと提案したのはジェラールだ。
シャアルは、最初アクセサリーを送ろうとしたようだ。
だが、相手の女性は貴族と思われるとはいえ、身分もわからない。しかも、恋人でもない男からいきなりアクセサリーを贈られても、困るだけに違いない。
グレイシスが庶民にしても貴族にしても、どちらも通うという雑貨屋を教えてもらったので、そこで選ぶよう助言をしたのもジェラールだ。
その助言は正解だったように思う。
正面に座るシャアルをみると、彼は嬉しそうに口の端を緩ませ、いまだにしっかりと紙袋を抱えていた。




