2 妖精姫
今日はアメイジング王国の第一王子、フランツの立太子式が行われる。
朝から花火が打ち上げられ、街は活気に満ち溢れ、たくさんの屋台が所狭しと並んでいる。街の人々は熱に浮かされたようなお祭り騒ぎだ。
先々代国王統治下で行われた戦争が嘘のように、即位式に勝るとも及ばないお祝いムードで、人々の表情には笑顔が溢れ出ている。これも、歴代国王がかつての敵国であるアークボルト帝国との和平と国民の生活を第一に考えて動いてきたおかげだ。
国民もそれをよく理解しているので、現王室はとても人気がある。
アメイジング王国の大神殿には数百もの貴族たちが集まり、その厳かな雰囲気の中で立太子式は行われる。
入口の大きな扉から正面の祭壇までは、緋色の絨毯が敷かれていて、厳かな雰囲気に拍車をかけている。
その両脇に、貴族たちは整列していた。
定刻となり、王族の入場が告げられると、貴族たちは皆一様に頭を下げ、臣下の礼をとる。
その様は圧巻の一言に尽きるだろう。
まずは国王と王妃が入場し、祭壇の前に立った。
国王も王妃も年齢を感じさせない若さと美しさを保ち、佇まいも凛としている。
続く王族たちも入場し、祭壇の脇に並び立つ。
第二王子ジョルジュは、親譲りの美貌で、長身にプラチナブロンド、王家の特徴でもあるアメジストを彷彿させる紫の瞳を持っている。
ジョルジュに至っては臣籍降下せずに王弟として王城に残り、兄を支えていくことになっている。
去年、公爵家へ降嫁した第一王女ジョアンナは、貴族席にて参列している。
ジョアンナは穏やかなそれは美しい女性で、今では社交界の華とまで言われている。
そして、その美貌の王族の中でもひときわ目を引くのは、第二王女グレイシスだ。
艶のある癖のないプラチナブロンドに紫の瞳。桃色の頬にさくらんぼのような唇。
貴族たちをはじめとする国民は皆、彼女のことを「妖精姫」と呼び、親しんでいた。
やがて、王族にのみ許された騎士服の正装に身を包み、たくさんの勲章を胸に付けた第一王子フランツが、マントを翻して入場してきた。
フランツは祭壇へと続くわずかな階段を登り、両陛下の前で跪く。
国王からのお言葉をいただき、続いてフランツがアメイジング王国に尽くすことを宣言した。
国王の手からフランツの頭に王太子冠を被せ、ここに無事、フランツは立太子として立つこととなった。
「ほお……」
式典が終わると、どこからともなくため息のような吐息が聞こえてきた。
「これで我が国も安泰ですな」
「フランツ殿下は立派なお方ですから、良い王となられることでしょう」
「我々も力を尽くして、お支えしようではありませんか」
貴族たちは口々に新しい王太子の賛辞を言う。
「それにしても、妖精姫を見られましたか」
「妖精姫は、やはりお美しい。ぜひともうちの息子に娶せたいものだ」
「いやいや、我が息子と縁を繋いでいただきたいと思っていたところですよ」
貴族たちは半ば夢見心地で、美しい王女を誉めそやした。
まだ独身とはえい、王太子には公爵令嬢が、第二王子には侯爵令嬢とそれぞれに婚約者がいるので、若い令息のいる家ではいまだ決まった相手のいないグレイシスに気が向くのは当然のことだった。
グレイシスは教養に溢れ誠実な人柄も相まって、家族からはもちろんのこと、皆から愛されて育った。
◇◇◇
グレイシスは控えの間に戻りソファに腰を下ろすと、上の兄に声を掛けた。
「フランツお兄様。この度は立太子まことにおめでとうございます。素敵でしたわ」
「ありがとう、グレイス。このアメイジング王国が更に良い国になるよう、私は努力するつもりだよ」
王太子になったばかりのフランツは、優しく目を細めた。
「兄上、私も微力ながら兄上を支えていきたいと思っています」
ジョルジュも笑顔で言う。
「ありがとう、ジョルジュ。本当に頼りにしているよ」
兄弟たちは固く握手を交わした。
その上から、父であるフリードリヒ国王がニ人の手を包み込む。
「お前たちには期待をしているよ。これからもよろしく頼む」
「はい。父上」
「もっと良い国にしていきましょう」
グレイシスは母の手をそっと握り、微笑んだ。
母であるメロディアーヌ王妃は、その光景を微笑ましく、そしてなにより頼もしく思いながら見守っていた。