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19 楽しみですわ

妖精の家まで戻ってきた二人は、草を食んでいたキャロルとリュークを連れてくる。

今日も彼にエスコートしてもらいながら、キャロルの背に乗り、スカートを整えると、バスケットを渡され膝の上に乗せる。

シャアルは恭しくグレイシスの手を取ると、次のお誘いをしてきた。


「グレイスは遠乗りはできる? 一緒に行ってみたいところがあるのだけれど」


「ええ。遠乗りなら大丈夫ですわ」


「よかった。小さいけれど、見晴らしのいい丘を見つけたんだ。今度はそこまで行かないか?」


「まあ。素敵。いいですわね。ぜひ連れて行ってくださいませ」


安堵したシャアルは破顔した。

それをみてグレイシスの胸はギュッと苦しくなる。


(胸が痛い……。なんだかドキドキして……。シャアル様といると、このようなことが頻繁に起こりますわ……)


バスケットを持っていた右手を左胸の上に置き、静まるのを待つ。

それを見たシャアルは、苦笑しながらバスケットを押さえた。


「ほらほら。バスケットが落ちてしまうよ。せっかく摘んだ花がバラバラになってしまう」


はっ、としたグレイシスは慌ててバスケットの持ち手に手を置いた。


「す、すみません。ありがとうございます」


「ふふ。気をつけてお帰り。遠乗り、楽しみにしているよ」


「わたくしもですわ。お花を摘むのを手伝ってくださり、ありがとうございました。シャアル様もお気をつけて」


シャアルの手がそっと離れ、グレイシスは笑顔で別れを告げた。

ゆっくりとキャロルが歩き出す。

振り返ると、シャアルはまだ軽く手を挙げて見送ってくれていた。

両手が塞がっているグレイシスは、ちょこん、と首を下げて挨拶した。




妖精の森を抜けたところで、一旦キャロルの足を止める。


(そうですわ。シャアル様が髪に挿してくださったお花、キャロルが走ったら取れてしまうかも……)


そっと髪に手を伸ばし、優しい手つきで花を外す。スカートのポケットからハンカチを取り出し、真ん中に花を置く。

四隅から丁寧に包み込み、バスケットの蓋を開けて、一番上に乗せた。


(これで安心ですわ)


グレイシスは微笑んで蓋を閉じ、前を向くとキャロルを走らせた。



◇◇◇



自室のソファーに腰を掛けると、バスケットの蓋を開ける。

ハンカチをそっと取り出して開くと、一輪の小さな白い花が出てきた。


(これはシャアル様がくださったお花ですから、押し花にして栞にでもしようかしら)


机の引き出しから便箋を二枚取り出し、本棚から分厚い本を一冊持ってくる。

本の真ん中辺りを開いて片側に便箋を一枚置き、花を乗せる。

形を整えたらその上にもう一枚の便箋を乗せ、形が崩れないようにそうっと本を閉じた。


花たちを包んだナプキンをバスケットから取り出して膝に乗せたところで、ドロシーがワゴンを押しながら部屋に入ってきた。


「まあ。何やら楽しそうなことをなさっていますね」


グレイシスは、ふふ、と笑みを洩らした。


「今日摘んだばかりのお花ですの。あまりにも可愛らしいものですから、ドライフラワーと押し花にしようと思いまして」


丁寧な手つきで、テーブルの上に一つずつ並べていく。


「ドライフラワーにした後は、天然樹脂を塗ろうかしら……。これだけあれば、いろんな小物が作れそうですわ」


ドロシーは淹れたての紅茶とお菓子を、花を潰さないようにグレイシスの前に置く。


「グレイシス様。とてもお幸せそうですよ。先日おっしゃっていた殿方とお会いできたのですか?」


わずかに頬を染めているグレイシスをみて、ドロシーも微笑ましくなる。


「ええ。このお花も一緒に摘んでいただきましたの。今日の思い出に、色々と作ってみようと思いますわ」


「それは楽しみですね。出来上がった作品を差し上げてはいかがでしょう。……いえ、やはり殿方にお花というのは……」


「でしたら、このお花の刺繍を施したハンカチを差し上げるのはどうかしら。あの方の馬がとても素敵なので、一緒に刺してみては」


「それは素敵ですね。きっとお喜びになりますよ」


「ありがとう、ドロシー。良いアイデアをもらえましたわ。早速、刺繍のほうも進めていきましょう」


グレイシスは少女のように微笑んだ。

心の隅に灯った小さくあたたかな思いは、少しずつ確かなものになりつつあった。












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