17 ああ。認めるよ
ジェラールは、早速マカロンを摘み、二つに割ると口の中へと放り込んだ。
しばらく咀嚼して飲み込むと、紅茶を一口飲み、最近気になっていることを口にする。
「閣下。ここのところ、やけに機嫌がよろしいですね。何か良いことでもありましたか?」
シャアルは持っていたティーカップに口をつけようとしていたが、一瞬動きが止まった。
一呼吸おいて紅茶を飲んだシャアルは、ゆっくりとティーカップを置いた。
「ああ。まあ……。そんなにわかりやすいか?」
「それはまあ。それなりに長い付き合いですし。それで、何があったんですか?」
少しも引く様子のないジェラールをみて、シャアルは咳払いをすると、小声で話し始めた。
「……妖精に会ったんだ」
「……………………は?」
ジェラールはたっぷりと溜めを作って、間の抜けた声を出した。
シャアルはもう一度軽く咳払いをし、話を続けた。
「この国には妖精の森と呼ばれる小さな森があって、…………そこで、妖精かと見紛う美しい女性に会ったんだ」
「ははあ。なるほど。最近はお休みの度に出掛けるとは思っていましたが。なるほどなるほど。閣下はその女性に会いに行っていたというわけですね」
ジェラールはニヤニヤとした顔で身を乗り出した。
シャアルはジェラールを睨んだが、彼は慣れたもので、へっちゃらな顔をして、さらりと受け流している。
しばらくの間そうして睨んでいたが、それで? と続きを催促してくるジェラールに根負けしたシャアルは溜息をついた。
「ああ。認めるよ。一目惚れだ」
シャアルはソファーの背もたれに寄りかかり、額に手を当てた。
「それはそれは。もしかして初恋じゃないですか?」
「……まあ。……そう、かもしれないな……」
「おやおや。言い寄ってくる令嬢は多かったですが、誰にも見向きもしなかったというのに。ついに観念しましたか。それで? 閣下のお心を掴んだのは、どちらのご令嬢なんです?」
「詳しくは知らないんだ。身なりや所作からして高位貴族ではないかと思うのだが……。お互いにまだ知らないことが多すぎるんだよ」
「なるほど。今が一番楽しい時期ということですね。よろしいのではないですか? 国のお父上からも今のところ、そういったお話はきていませんし。それで、そのご令嬢はどういった方なのかお伺いしても?」
ジェラールは、遅すぎる初恋を自覚した上官をからかいたいようだ。
「本当に妖精のように美しいんだ。それに、心も綺麗で。今までは言い寄ってくる令嬢ばかりでうんざりしていたんだが、そういうところは全くない。一緒にいてとても落ち着く。いや、ドキドキして落ち着かないのか……? この前なんか、リュークにまで人参を持ってきてくれた、心優しい人だよ」
嬉しそうに女性のことを語る上官の姿をはじめて見て、ジェラールは優しい笑みを浮かべた。
「よっぽどお好きなんですね。でうです? 今度、贈り物でもしてみては」
「贈り物か。グレイスは何を喜ぶのだろうか……」
「閣下が一生懸命に選んだ物であれば、何でもいいんですよ。では、今度お会いした時に、それとなく聞いてみてはいかがですか?」
シャアルは腕を組んで少し考えてみる。グレイシスの綺麗な微笑みと鈴を転がしたような可愛らしい声を思い出し、わずかに頬を染めた。
「そうか。そうだな。そうするか」
そう言うと、照れを隠すようにもう一口紅茶を飲み、マカロンへと手を伸ばした。
◇◇◇
私室として与えられている部屋に戻ると、シャアルはソファーに腰掛け、長い足を組んだ。
思い浮かべるのはグレイシスの笑顔だ。
彼女のことならなんでも知りたい。一緒にいたい。できることなら、あの可愛らしい唇に触れてみたい。
(贈り物か……)
義務としてなら女性に贈り物をしたことはあるが、本当に心から贈りたいと思った女性に、となると、もちろんはじめてのことだ。
(月並みかもしれないが、花束はどうだろうか……)
いや、駄目だ。
彼女はキャロルに乗って自分に会いに来てくれる。
花束なんかを持たせたら邪魔になってしまい、キャロルを駆ることはできないだろう。それでは不本意だ。
(となると、大きな物は贈れないな。小物なんかはどうだろう)
とても悩むが、こういう悩みなら大歓迎だ。
グレイシスのことを考えるだけで、心が満たされる。
尽きない想いに焦がれて、果たして今夜は眠れるのだろうか。




