16 南の砦
アメイジング王国とアークボルト帝国が激突した先の戦いは、アメイジング王国を我がものにしようと企んだ当時の王弟である筆頭公爵家と、それに支持した一部の貴族たちが謀反を企てたことにより起こった戦だった。
王弟は、アークボルト帝国の皇族に不満を抱えている帝国貴族を唆し、帝国より王国へ攻め込み、その混乱の最中で手薄になった王城に私兵とともに乗り込み、玉座を己のものにしようと企んだ。
実行に至るまでに何年もの時間をかけた、この完璧と思われた計画に、さらに欲をかいた王弟はアークボルト帝国さえも手に入れようたした。
その欲のせいで計画に綻びが出たことは否めない。
こうしてアメイジング王国に攻め込んできた一部のアークボルト帝国軍であったが、事前に企みを捉えていた王国騎士団と辺境伯の私兵、砦の兵たちの健闘により、被害は最小限に食い止めることができた。
それでも、失われた命は多い。両国の損失は大きかった。
そして、当時の国王、皇帝が速やかに首謀者たちを断罪したことにより、戦は終結した。
首謀者たちは爵位と領土を没収され、罪の大きさから、一族は子供に至るまで処刑されることとなった。
戦が終わったとはいえ、領地は荒れ、男手を失い、戦地となった地域の復興には時間を要した。
さらには、道の整備、流通、いろんな問題が起こった。
王国はこの事態を重く受け止め、出来うる限りの支援を惜しまなかった。それが、今の王室への信頼性に繋がっているともいえよう。
ここ南の砦は、その戦の拠点となった、いわば主要要塞である。
ここには常時、多くの兵たちがおり、現在ではアメイジング王国騎士団、そしてアークボルト帝国の騎士たちも駐屯している。
友好関係を築くため、さらには両国間の和平のため、彼らはここに赴任してきているのだ。
生活を支えてくれる寮母や使用人たちがいるとはいえ、ここでは皆んなが出来ることは自分でやる、というのがルールである。
彼らは、王都の騎士たちと同じように、日々、厳しい訓練に励んでいる。
そして、このアークボルト帝国騎士団に与えられている執務室では、いま、数人の男たちが書類と格闘していた。
執務机の上に王都アメイジングスの地図を広げ、メインストリートを中心に、いくつかの印を細かく付けていく。
その地図の横には、アメイジング王国騎士団とアークボルト帝国騎士団との合同演習の企画書が置かれている。
大々的に行われることによって、両国の良好な関係を国民に見てもらおう、というものだ。
合同演習とはいえ、メインはパレードとなる。
両国騎士団たちが作り出す隊列は、それは見事なものになるであろう。
王都アメイジングスで行われるこの催しは、当日はきっと、王都中が人々で溢れかえるに違いない。お祭り騒ぎになることは間違いなしだ。
それではまた、と挨拶してをして、二人の男性が執務室を出て行った。
残されたもう二人のうちの一人、背の高い黒髪の美丈夫の男性は、机の上の書類を綺麗に揃えると、ちら、と上官を見る。
上官はちょうど、目を瞑って眉間を揉んでいるところだった。
「閣下。少し休憩されてはいかがですか」
執務机に座っていた上官の男性は、ふう、と息を吐き出すと、おもむろに立ち上がった。
「そうだな。この企画の進捗は順調だ。このまま進めて問題はないだろう」
「そうですね。どうです? お茶でも淹れましょうか?」
「ああ。頼む。それから、その"閣下"というのはどうにかならないのか?」
小さくため息を吐いたが、素知らぬ顔をされてしまう。
「こちらにいらっしゃる間は、閣下、とお呼びすると、前にもお話しさせていただきましたが? なにか?」
「……………………」
黒髪の男性、ジェラールは、ポットに入った紅茶をティーカップに注いだ。
閣下と呼ばれた男性、シャアルは、苦笑いをしながらソファーに腰を掛けた。
ジェラールは、テーブルにティーカップとお菓子を置く。
今日のお菓子は、使用人が買い出し途中で買ってきてくれたというマカロンだ。見た目も可愛らしく、女性に人気だというお菓子だが、疲れたときの糖分接種は必要だ。
「ありがとう、ジェラール。君も疲れただろう。他には誰もいない。腰掛けたらどうだ」
シャアルは向かい側のソファーを指差した。
「はい。ありがとうございます。それでは失礼して……」
ジェラールはちゃっかり自分の分のお茶も入れて、ソファーに腰をおろすと、小さく息を吐いた。
この二人、上下関係にはあるものの、仲の良い幼馴染だ。
ジェラールはシャアルに忠誠を誓っているが、気心も知れているので、実はけっこう気安い仲である。




