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15 その時には、聞いてくださる?

グレイシスは真剣な表情で書類と向き合っている。

彼女のいる執務室は、両親や兄たちのような立派なものではなく、比較的小ぢんまりとした部屋だ。


そもそも、女性でも王妃や王太子妃ならともかく、第二王女であるグレイシスには、本来なら書類仕事はほとんど回ってこない。

それでも、国のために、そして少しでも家族の力になれるのなら、と、グレイシス自らが進み出て、書類仕事を回してもらっている。

そのためグレイシス用にと執務室を与えられたのだが、家族たちのようにそこまで長時間机に向かっているわけでもないので、内装もシンプルなものにしてもらった。


グレイシスに与えられた仕事の一つは、書類の仕分け。

各部署から上がってくる書類を種類ごとに仕分け、誰の元へ回付するかを選別していく。

膨大な量があるので、これはこれでけっこう大変なのだ。

なおかつグレイシスは、自分で決裁できるものであれば、どんどん裁いていく。




本日の仕事を終えて、グレイシスは自分に与えられた執務室に置かれた革張りの椅子の上で、大きく伸びをした。

背中が小さくポキリと鳴る。


その姿に、やはりデイジーは目を細めて、何やら言いたそうにしている。


それに気が付いたグレイシスは、注意される前に慌てて口を開いた。


「さあ。もう今日は終わりにしましょう。デイジー、この書類をフランツお兄様に持っていってくださる?」


机の上でとんとんと書類を揃えて、グレイシスお手製の書類箱に入れて蓋をした。


「はい。かしこまりました」


デイジーは苦笑いをしながら、書類箱を持って部屋を出て行った。

グレイシスの書類箱は、書類を運ぶ時に汚さず、更に失くさないよう蓋も付いている。どこの部署に持ち込まれるものか、または、その種類にもよって、きちんと色分けもされていた。

とても効率が良くわかりやすいので、グレイシスは気に入って使っていた。


グレイシスが立ち上がっていってソファーに腰掛けると、部屋に残ったドロシーは、ワゴンに乗せた茶器を出して紅茶を淹れた。


「今日も、お仕事お疲れさまでした」


ドロシーはグレイシスの前に紅茶とお茶お菓子を出す。


「ありがとう。ドロシーもお疲れさまですわ」


グレイシスは良い香りのする紅茶を一口飲んだ。

ほっと息をつき、クッキーを一つ摘む。疲れた体に甘いお菓子が沁み込んでいくようだ。


そういえば、と、グレイシスはドロシーに問いかけた。


「デイジーに借りて読んでいる"愛の妖精シリーズ"なのですけれど、今、王国ではとても人気があるのですって。ドロシーも読んだことはありますの?」


ドロシーはすぐに話に食いついてきた。


「はい! 私も愛読しています。一冊ずつでもお話は完結していますが、どのシリーズも素晴らしいと思います」


グレイシスは少し身を乗り出した。


「わたくしも、そう思いますわ。先日開いた読書会でも、皆さん、ジョアンナお姉様まで読んでいらっしゃると仰っていましたわ。わたくしも思わず、こんな素敵な恋がしてみたいと思ってしまいましたもの」


「あら。グレイシス様はすでに恋をしていらっしゃるのだと思っておりました」


「…………え?」


グレイシスはキョトンとした顔をした。


「違うのですか?」


ドロシーも首を傾げた。


「ここのところ、とても生き生きとしていらっしゃいますよ。恋をしている乙女のようなお顔をしていらっしゃいますし、ますますお美しくなられたと思っておりました」


「……そ、そう見えていましたか?」


「はい。それはもう。特にお出掛けの時には幸せそうなお顔をされていらっしゃいました」


お出掛けの時は特に……。そんなの、シャアルとのことしか思い浮かばない。

グレイシスは思わず両手で頬を包み、俯いた。


(わたくしが……シャアル様に、恋を……している?)


シャアルは素敵な男性だと思う。容姿は美術品のように整っていて、立派な騎士で、誠実で頼りにもなる。

はじめて会った時から、気になる存在であるのも確かだ。


(そうね。何度かお会いしていれば、わかることかもしれませんわ)


グレイシスは顔を上げて、ドロシーを見た。


「まだ……これが恋なのかどうかは、わたくしにもわかりませんの……。ドロシーにもそのうち相談してしまうことがあるかもしれない。その時には聞いてくださる?」


「ええ。ええ、もちろんですわ。グレイシス様と恋のお話ができる日がくるなんて、とても楽しみです」


グレイシスは頬をわずかに染め、微笑んだ。

その笑顔があまりにも眩しくて、ドロシーまで頬を染めた。

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