14 騎士と訓練
王城にある広い訓練場に、模擬剣がぶつかり合う音が響きわたっている。
この国を守護する騎士たちが、ここで日夜訓練をしているのだ。
今ここにいる騎士たちは、第一、第二騎士団と第四騎士団だ。
第三、第五騎士団は、今は南と西にある砦で任務にあたっている。
南の砦には現在、アークボルト帝国軍の騎士たちも駐屯していて、彼らはアメイジング王国との同盟を確固たるものにするための一環として、派遣されている。
両国の騎士や兵たちは、良好な関係を結んでいると報告が入ってきている。
訓練場に現れたグレイシスは、リボンやフリルが沢山ついた重厚なドレス姿に踵の高いヒールの靴、という装いをしている。
だが、ドレスはところどころ解れ、傷んでいるようにも見える。
髪はハーフアップに編み込まれ、髪飾りも付けている。
これは、グレイシスが騎士たちに混じって訓練する時の、いつもの格好なのだ。
王女たるもの、いついかなる時に悪意の目に晒されるとも限らないということで、自分の身は自分で守れるように、という教育を受けてきた。
例えばそれが夜会中なら、ドレスや華奢な靴を身に纏って戦うこともあるかもしれない。
どんな格好をしていようと敵に反撃できるよう、幼い頃から訓練されている。
「やあ、グレイス。来たね」
歩み寄ってきたのは、額に汗を浮かべた次兄のジョルジュだ。彼もここで訓練を受けている。
その後ろには、第一騎士団長のアーサーもいた。
「おはようございます。グレイシス様。お待ちしておりました」
「おはようございます。ジョルジュお兄様、アーサー第一騎士団長。今日もよろしくお願いいたしますわ」
訓練場の一画に下りると、他の騎士たちも一旦手を止めて軽く会釈をする。
本来なら騎士の礼を取るべきなのだろうが、訓練にお邪魔させてもらっている手前、そこまで気にしなくてよいと言い含めてあるのだ。
グレイシスたちは、比較的、端の方へ陣を取る。
「今日は、どのような訓練をしていただけるのでしょう」
グレイシスが問いかけると、アーサーがにこやかに答える。
「そうですね。前回までは剣を持っていない時の戦い方を集中的にやったのでしたね。どうです? 久しぶりに剣を持たれてみては。特に腕の良い者を呼びましょう」
「わかりましたわ」
アーサーは、部下の一人に声を掛ける。
「トール! ちょっと来てくれ」
背が高いがっしりとした体格の男性がやって来た。
「トール。グレイシス様に剣の手ほどきを頼む」
「は! よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いしますわ」
ジョルジュとアーサーがその場から離れて、端のほうに移動する。
グレイシスとトールは模擬剣を持って対峙した。
模擬剣とはいえ、刃を潰した剣なので、一瞬でも気を抜くと大怪我をすることもある。
グレイシスは模擬剣の柄をぐっと握った。
「では、いきますわよ」
グレイシスはすっと一方踏み出したかと思うと、そのまま相手に斬りかかった。
グレイシスの太刀筋は早い。女性であるグレイシスはまだ15歳で、力がない分、身軽なことを活かしてスピードで勝負をするタイプだ。
模擬剣がぶつかり合い、グレイシスは一旦身を引いたかのように見せかけて、横に剣を薙ぎ払う。
トールがそれをすれすれで避け、グレイシスめがけて重い一撃を放った。
グレイシスは臆せずにトールの懐に飛び込み、胸ぐらを掴むと、相手の力を利用して投げ技を使った。トールの大きな体は宙を舞い、背中から地面へと叩きつけられた。
一瞬の出来事だった。
グレイシスは、ふう、と息を吐き、トールに手を差し出す。体を起こしたトールは苦笑いだ。
ジョルジュは額に手を当てて、天を仰いだ。
「グレイス……。これは剣の訓練だ……。体術を使ってどうする……」
グレイシスは、あっと小さな声を上げ、口元に手を当てた。
「やだ、申し訳ありません。うっかりしていましたわ。つい体が動いてしまって……」
トールはあいかわらず苦笑いをしながら、頭を掻いた。
「いえ、これが実戦なら、自分は完全に負けていました。グレイシス様はお強いですね」
グレイシスは真っ赤になってあたふたとする。アーサーはくすくすと可笑そうに笑いながら口を挟む。
「そうですね。実戦を想定しての訓練ならば、こういうのもありでしょう。グレイシス様の剣の腕前は我々もよく存じております。男性には及びませんが、女性にしては剣の重みもあります。これからもスピード重視でいきましょう」
「そうだな。それがいい。グレイス、私はもう少し見学させてもらうことにするよ」
「はい。ジョルジュお兄様」
ジョルジュはグレイシスの肩をぽんと叩き、見学席へと向かっていった。
◇◇◇
「はあ……。気持ちが良いですわ」
グレイシスは湯浴みのあと、デイジーとドロシーによってマッサージを受けていた。
一流の騎士たちの訓練を受けていたので、全身疲労困憊である。
デイジーに背中を、ドロシーには右の腕と手を押してもらっていると、グレイシスは至福の声を、あげた。
「とろけてしまいそう……」
ドロシーは右手をさすりながら言った。
「さすがに、剣を持つだけあって、右手は硬くなってしまいますね」
グレイシスは困り顔で答えた。
「ええ。どうしても右手と右腕が硬くなってしまって……。まだ左手はそこまでではないのですけれど。でも、普通の令嬢と比べてしまったら、左手だって充分に硬いのでしょうね……」
「訓練のあと、こうしてすぐにマッサージをすれば、少しは違うと思いますわ」
「ありがとう。デイジー、ドロシー。嬉しいですわ」
グレイシスは、先日シャアルと手を繋いだ時のことを思い出していた。
彼は騎士だ。左手だったとはいえ、手の硬さに気がついていたかもしれない。そんな素振りはしていなかったとは思うが、もしかしたら、彼は違和感を覚えていたのかもしれない。
(だったら、嫌ですわ……。女性らしい柔らかな手だったらよかったのに……)
そうは思いつつも、自分には必要なことだと弁えているし、むしろ訓練は好きだ。
全身をくまなく揉みほぐされ、グレイシスはうつらうつらとするのだった。




