13 これは、のんびりとしていられない!
さっきまでの静けさとは逆に、二人はいろんな話をした。
まだ出会ったばかり。お互いに知りたいことは沢山ある。
「こんなこと、聞いてもいいのかなあ……。グレイスのご家族は、どんな方たちなの?」
グレイシスはちょっと考えてから答えた。
「そうですわねえ。両親はとても仲が良くて、わたくしたち兄妹を慈しみ育ててくれましたの。上の兄は父の跡を継ぐために頑張っていますわ。下の兄はそんな長兄を支えるために勉学やいろんなことに励んでいますのよ。姉は去年嫁いだので、わたくし、早く赤ちゃんが産まれないか楽しみにしているのですわ」
目をキラキラさせながらグレイシスは言う。
「グレイスが愛されて育ったということは、見ていてとてもよくわかるよ。素敵なご家族なんだね。お兄さんたちは結婚はしていないの?」
「兄たちには婚約者がいますわ。親が決めた婚約ではありますが、それぞれのお相手の方とは仲良しですのよ」
「そうなんだ。それは良いことだね」
そして少しの間を開けて、こほん、とシャアルは小さく咳払いをした。
「あーー、その……。ところで、グレイスにはいるのかな?その……恋人や婚約者は」
シャアルの顔は、少し緊張で強張っているようにも見える。急に固い表情になったシャアルに首を傾けながらグレイシスは言う。
「いいえ。わたくしには決まったお相手はおりませんわ」
それを聞いた途端、シャアルは大きく息を吸い込んで、ほっ、と安堵の溜息をついた。
「そっか。まだ決まった相手はいないんだね…。……はあ…」
再び溜息をついたシャアルが可笑しくなってしまい、グレイシスは笑ってしまう。
シャアルは照れたように頭を掻いた。
「そういうシャアル様は? お相手はいらっしゃいますの?」
「え? 私かい? いや、私も決まった相手はいないよ」
グレイシスは、なぜだかものすごく安心した。これで決まった相手がいるなどと言われたら、それこそ落ち込んでしまうだろう。
なぜ?どうして落ち込むの?
その理由は、まだグレイシスにはわからないけれど。
ただわかっているのは、シャアルに決まった相手がいない、ということ。そのことに自分はものすごく安堵したのだ。
「そうなのですね。シャアル様は素敵な方なので、いらっしゃってもおかしくはないですのに」
「いや、そんなことはないよ。私は故郷を離れて赴任してきたばかりだしね。今のところ親からも何も言われていないし、もう少しの間は自由にしたいというのが本音かな」
シャアルは肩をすくめた。
「君こそ、今までそういった話はなかったのかい?」
「わたくしですか? 親のところには、いくつか縁談がきていたみたいですわ。わたくしのところにまでお話がくる前に、お断りしているようですけれど」
えっ、とシャアルは目を見開き、体ごとグレイシスに向けた。
「それは本当かい? いくつも縁談がきているの?」
シャアルの迫力に少し押されながら、グレイシスは答える。
「え、ええ。そのようですわ。母と兄姉たちからはそう聞きましたわ」
口を開けて愕然としたシャアルに、グレイシスは首を傾げた。
「……シャアル様? いかがなさいまして?」
我に返ったシャアルは、軽く左右に首を振った。
「あ……い、いや、大丈夫だ。……これは、のんびりとはしていられなくなったぞ…」
最後の方は小声で聞き取れなかったが、とりあえずは大丈夫そうだ。
(そういえば、まだシャアル様のご家族のお話をうかがっていませんでしたわ)
隣を見ると、シャアルは口元を手で覆っていて、何やら独り言を呟いていた。
「あの……。シャアル様?」
はっとしたシャアルは、グレイシスを見た。
「あ、……うん。何かな?」
「はい。あと、ご迷惑でなければ、まだシャアル様のご家族のお話をうかがっていなかったと思いまして」
「ああ。そうだったね。私の家族もね、けっこう仲は良いんだ。父は仕事をしている時は非常に厳格なんだけれど、家族に見せる顔は優しくてね。母は女の子を欲しがっていたようなんだけれど、結局は男しか生まれなかったんだ。私は長男だから、よっぽどのことがなければ、いずれは父の跡を継ぐことになるとは思う。今は離れてしまっているから、その分、弟たちが父を支えてくれているんだ。本当に頼りになる奴らだよ」
「まあ。弟さんがいらっしゃるのですね。似ていらっしゃるのですか?」
「下の弟とは、よく似ていると言われるよ。私たちは母親似なんだけれど、上の弟だけは父親似なんだ」
「まあ!ぜひお会いしてみたいですわ。素敵なご兄弟なのでしょうね」
グレイシスはうっとりと目を細めた。
「私も、いつかグレイスのご家族に会ってみたいな」
「お会いできるといいですわね。皆さんで」
「そうだね。そういう日がくるといいね」
二人は顔を見合わせて微笑んだ。
夕刻がくるのが早く感じられる。あっという間にやってきた日の傾きが真夏の終わりを告げていた。
そうしている間も、二人の手はずっと繋がれたままだった。




