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12 静かな時間

木々の隙間から差し込む陽の光が、水面で反射してきらきらと宝石のように輝いている。

静かな空間の中で、鳥の囀りと小川のせせらぎだけが聞こえている。

森の木々と日差しのベールに包まれて、世界にはまるで二人きりのような不思議な感覚になった。



楽しいランチを終えたグレイシスは小川のそばへ行き、スカートの裾に気をつけながらその場にしゃがむ。小川の水に指先を浸して、ぱしゃぱしゃとかき混ぜるように水遊びをする。冷たい水が気持ちよい。


グレイシスは良いことを思いついた、とばかりにポケットからハンカチを取り出し、そのまま水の中に沈めた。

しばらくハンカチを揺らして戯れていたが、ハンカチを持ち上げ軽く絞ると、シャアルのそばまで戻ってきた。


その様子を片膝を立てて優しげに見守っていたシャアルの隣に腰を下ろすと、ふふ、と笑いながら、濡らしたハンカチをシャアルの頬に当てた。


「わ。冷たい」


驚いたシャアルだったが、やがて、ほおっと小さく息を吐き出した。そのままグレイシスの手を持って、ハンカチをそっと自分の頬に押し付けた。


「これは、気持ちがいいな」


「ふふ。そうでしょ?もう一度、冷たい水で濡らしてきましょうか?」


「いや。大丈夫だよ。一緒に行こう」


シャアルはグレイシスの手を引いていき、そのまま小川のそばに腰を下ろした。ブーツと靴下を脱いで裸足になると、ズボンの裾をまくり上げ、水の中に足を入れた。


「すごく気持ちがいいよ。君もやるといい」


ちょっと恥ずかしいな、と思いぽっと頬を染めながら、グレイシスもそれに倣って隣に座り、裸足になった。

そっとつま先を水の中に浸してみる。一度上げて、スカートの裾を少しまくり、今度は両足をふくらはぎまで入れてみた。


「まあ。本当ですわ。なんて気持ちが良いのかしら」


「だろう? ここは、澄んでいてとても綺麗な小川だね。これは良い場所を見つけたなあ」


「ふふ。気に入っていただけたみたいで何よりですわ。またいつでも遊びにいらしてくださいね。シャアル様でしたら大歓迎ですわ」


グレイシスは楽しそうにそう話しながら、子供のように足をぱしゃぱしゃと小さく動かした。

その様子を、シャアルは目を細めて優しく見つめていた。





どれだけの時間が経っただろうか。

しばらく川遊びを楽しんだ二人は、食後に冷たい紅茶を飲んでいた。

何も話さないでいても、お互いに居心地の良さを感じている。優しい雰囲気に包まれ、グレイシスは、ほお、と息を吐いた。


二度しか会ったことのない知り合ったばかりの異性にここまで気を許せるなんて、自分でも不思議な感覚だと思った。

周りの空気を柔らかく包んでくれるような、そんな温かさが彼にはある。こんな人もいるのね、と、なんだか嬉しくなってしまった。


ふと隣から視線を感じ顔を向けると、優しげな表情をしたシャアルと目が合った。


(ずっと見られていたのかしら……)


グレイシスはなんだか恥ずかしくなってきて、小さく俯いてしまう。

そんな様子をみて、シャアルはくすりと笑った。


「なんだか、幸せそうな顔をしているな、と思って」


グレイシスは慌てて両頬に手を当てた。そんなグレイシスを目尻を下げて見つめるシャアルはご機嫌のようだ。


「きっと、変な顔をしていたのね……」


ぺちぺちと軽く頬を叩きはじめたグレイシスの手首を、シャアルは咄嗟に掴んだ。


「こらこら。そんなにしたら、頬が腫れてリスみたいになってしまうよ」


近づいた顔にドキリとし、グレイシスの頬は熱を持った。


「ほら。頬が赤くなってしまった」


ぷっ、とシャアルは吹き出す。

これは叩いたからではない。筋張った硬くて大きな手がグレイシスの手首を掴んで、急に彫刻みたいに整った顔が近づいてきたからだ。

これでは、顔が赤くなっても仕方がない、グレイシスは心の中でそう言い訳をする。


「本当に君は、目が離せないな」


まだ可笑しそうに肩を揺らしているシャアルは、掴んでいた手首を離し、そっとグレイシスの左手を握った。

グレイシスの心臓は、またもやドキリと跳ねる。


「君の手が悪さをしないように、こうしていることにしよう」


シャアルは目を細めてグレイシスを見つめた。

グレイシスは紅顔のまま、小さく頷くことしかできなかった。

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