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105 不思議な夢

「なんとめでたい!」


晩餐の席でグレイシスの懐妊を報告したジャイルズは、皇帝からバシバシと肩を叩かれていた。あまりにも力が籠っているので、ちょっと痛い。


「でかしたぞ、ジャイルズにグレイシス。いやあ、本当にめでたい!」


ご機嫌な皇帝とはにかむ息子の前では、ミハエルとクラウスが笑顔で肩を組んで小突きあっている。

横では、グレイシスと皇妃がきゃあきゃあ言いながら手を取り合ってぴょんぴょんと跳ねているではないか。

その様子を見て、ジャイルズは驚きに目を見開いた。


「ああ、ほら、グレイス。あんまり飛び跳ねたら危ないよ」


ジャイルズが焦って大股で彼女の後ろに回り、両肩に手を置いて落ち着かせた。


「あらあらジャイルズちゃんたら。グレイシスちゃん、愛されているわね〜」


「お義母様ったら……」


真っ赤な頬を隠すように手を添える彼女の肩を、ジャイルズはそっと抱き寄せた。


「母上、グレイスは身籠っているのですよ。無理はさせないでください。グレイスも、頼むから気を付けて」


過保護すぎではないかとも思ったが、大事にしてくれているその気持ちが嬉しかったので、グレイシスは素直に笑顔で頷いた。


「そうなると、グレイシスの懐妊を公表しなくてはいけないなあ。すぐにというのはまだ安定していないから時期尚早だとして、どうだろう。ジャイルズの立太子式のころなら良い頃合いじゃあないかと思うのだが」


皇帝がにこにこ顔で、髭の無い顎を撫でながら言う。


「そうね〜。立太子式の日に夜会を開くでしょ? そこで公表してもいいんじゃないかしら。グレイシスちゃん、悪阻はあるの?」


「いいえ、お義母様。今はまだ自覚症状はないのです。先ほどジャイルズ様と一緒に宝物庫ではじめて魔力を流すことができて、その時にもしかしたら、と思って、侍医に診ていただいたくらいですわ」


「そういえば、グレイスのお腹が光っていたね。あれはそういうことだったのかな? それじゃあ、小さな光が三つ輝いていたけれど、あれはなんの意味があったんだろう」


「三つ? 聞いたことないなあ。痛いってことはないかい?」


「はい。全く痛みは感じませんわ」


う〜ん、と皇帝は唸り声をあげて考えていたが、結局、結論には至らなかったようだった。







そうして日々を忙しく過ごしているうちに、立太子式の当日を迎えた。

結婚式にも着た皇族のみ許される騎士服を身にまとい、肩に羽織った赤いマントを翻したジャイルズは、その美貌も相まって、大神殿の祭壇上のステンドグラスから差し込む光に照らされてまるで一枚の絵画のように美しかった。

グレイシスと二人で魔力を注いだ宝剣を皇帝に献上し、宝剣は歴代の皇家の秘宝に仲間入りを果たしたのだった。


そしてグレイシスはというと―――

最近は悪阻の症状がひどく、あんなに楽しみにしていたジャイルズの立太子式に出席することができなかったのだった。




「本当に残念ですわ……。せっかくジャイルズ様の素敵なお姿を拝見できる機会でしたのに……」


クッションを抱きしめて可愛らしく拗ねる主人の目の前に、デイジーは果実水をそっと置いた。

最近では紅茶の香りでも気分が悪くなるということで、グレイシスは好んで果実水を飲んでいる。


「そうですね。ですが、大神殿での長い式典中に具合が悪くなってもいけませんから。この後の夜会にはグレイシス様も最初のご挨拶だけ出席なさるご予定ではありませんか。今のうちに充分お休みになられてはいかがでしょうか」


お気に入りの果実水で喉を潤すと、そうですわね、と呟く。


「昼間だというのに、眠くて仕方がないのです。デイジーもそうでしたか?」


「はい。それはもう、夫が心配するほどにいくらでも寝ていられました。グレイシス様のお子様も、お母様と一緒にお昼寝したいのでしょうね」


「ふふふ。では、この子と一緒にお昼寝をしなくてはいけませんわね」


まだ目立っていないお腹にそっと手を当てながら、グレイシスは寝室へと下がった。





―――グレイシスは夢を見ていた。

体がふわふわとしていて、まるで雲の上を歩いているような、そんな不思議な感じ。周りを見渡しても誰もいなくて、でも寂しくはなくて。どこまでも真っ白な世界がそこには広がっていた。


「おかあさま」


舌足らずな子供の声がして振り向くと、さっきまでいなかったはずの場所に小さな男の子が立っていた。


「いっしょにいこうよ」


後ろを振り返ると、そっくりな男の子がにこにことして立っていた。


「こっちだよ」


さらに横から声がしたかと思うと、その男の子は小さくて柔らかな手でグレイシスの手を取り、とてとてと走り出した。


「まって。どこに行くの?」


「ほら、もうすぐだよ」


さあっと風が吹いて、グレイシスは咄嗟に横を向いて目を瞑る。


「だいじょうぶだよ。めをあけてみて」


言われたとおりに目を開けると、そこはさっきまでなかった妖精の森の中だった。

え? っと小さく声を漏らすと、後ろから賑やかな声が聞こえてきた。

急いでそちらを向くと、妖精の家の前で更に小さな男の子や女の子たちが楽しそうに遊んでいた。

皆んな天使のように可愛いらしい子ばかりで、ここは天国かと思ってしまったほどだ。


「なんて可愛らしいのかしら」


笑い声に包まれながら、グレイシスは幸せな気分に浸った。


「これ、あげる」


一人の男の子から白い花を差し出され、グレイシスは彼と同じ目線になるようにしゃがんで受け取った。


「ありがとう。とても素敵」


子供たちが次々と花を持ってきてくれて、そしてついには小さなブーケが出来上がった。

グレイシスが嬉しそうに微笑んで一人一人にお礼を伝えると、彼らははにかんだように、そして照れくさそうに笑った。


「もう、いかなくちゃ」


彼女の手を引いてきてくれた男の子が言った。


「どこかに行ってしまうの?」


「またすぐにあえるよ」


本当? とグレイシスが尋ねると、皆んなが笑顔で頷いた。


「約束ですわよ?」


「うん。やくそくね」


「またね」


再び風が吹きグレイシスのプラチナぶろんどの髪がふわりと流れ、気がつくと子供たちの姿は消えていた。






「―――……ス、……グレイス」


グレイシスはゆっくりと瞼を上げると、そこには愛しい男性(ひと)が心配そうに覗き込んでいた。


「大丈夫? 具合が悪い? 夜会は無理して出なくてもいいんだよ?」


「……あ……、ジャイルズ様」


グレイシスは上半身を起こそうと体を捩ろうとして、はたと気づく。右手を見やると、夢の中で子供たちから渡された白い花を持っていたのだ。

不自然な姿勢でいたからだろう。目を見開いた驚いていたグレイシスの背中に腕を回して、ジャイルズが起こすのを手伝ってくれた。


「あ……、ありがとうございます。大丈夫です。今はスッキリとしていますわ」


「本当? そろそろ夜会の支度をしないといけない時間なんだ。少しでも具合が悪くなったら、すぐに言うんだよ」


はい、と返事をしつつ、それにしても何故か幸せな気持ちになれる不思議な夢だったな、とグレイシスは思ったのだった。



皆さまの応援に励まされてここまできました。

初めて執筆した作品ですが、このままラストまで走り抜けたいと思います。

後もう少しお付き合いいただけると嬉しいです(*´∀`*)

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