10 やっと会えた
王都アメイジングスは快晴。
青い空がどこまでも続いていて、鳥たちが気持ちよさそうに飛んでいる。白い雲が緩やかに風に乗り、優しく流れていった。
今日はいよいよ、妖精の家でシャアルと会う約束をした日だ。
朝からそわそわと落ち着かないグレイシスは、何度も鏡の前に立ち、ワンピースの裾を翻す。
王侯貴族の令嬢たちはドレスや装飾品を、競い合うように豪華なものを身にまとっているのだが、グレイシスはそれほどまでに執着はしていない。
たまに母親である王妃や公爵夫人である姉に、軽くお小言を言われるほどには。
いや、まったく興味を持っていないというわけではないのだ。綺麗で素敵だと思うし、美しいもので着飾って嬉しいと思うこともある。
ただ、悲しいことに、あまり着飾っても似合わないのだ。自分でもわかっているし、家族に言われたこともある。
さすがに式典では華やかにしてはみるものの、どうしても思い描いている姿にはならないのだった。
とはいえ、自分はこの国の第二王女である。
常にそれなりの身なりをしなくてはいけない。
たいていのことは、デイジーやドロシーにお任せしていれば、間違いなくグレイシスに似合っているものを選んでくれるので、グレイシスとしても二人をとても信頼している。
ーーそんなグレイシスではあるが、妖精の森に行くときはいつもはズボンやキャロットを履いて行くところを、今日はちょっとだけ可愛くして行こうと思っていた。
今日という日を迎えるために、グレイシスは浮き立つ気持ちを抑えられず、衣装部屋に入っては持っている服や靴を何度も確認した。
スカートだとキャロルに跨ることができないので横座りにはなるが、それなりに運動が得意なグレイシスにとってはどうってことはない。髪もハーフアップにしてもらったし、お化粧もうっすらとしてもらった。
約束はお昼からなので、シェフに頼んで簡単なランチも用意してもらっている。
何事もないとは思うのだが、念のため護身用の短剣はバスケットの中に忍ばせておいた。
今日も今日とて、楽しいお忍びである。キャロルに乗って膝の上にバスケットを抱えると、グレイシスは王城を出た。
活気に溢れた賑やかな街中をゆっくりと進み、街道を抜けると、危なくないように周りに人がいないことを確認してキャロルを走らせる。
さすがにバスケットを抱えての横座りだといつものようには走れないが、早めに出てきたのでまだ時間には余裕がある。
グレイシスは彼に会うのをとても楽しみにしていた。この日が近づくにつれ、指折り数えたものだ。
まだ会ったばかりだというのに、彼の前だと自然体でいられる。
自然体でいられはするのだが、ふとした時に胸がドキドキもする。
でもそれがとても心地よくて、なんともいえない不思議な感覚なのだ。
また彼に会って、この気持ちがなんなのか知りたいとグレイシスは思っていた。
妖精の森に入り再びゆっくりと進んでいく。
一旦キャロルの歩みを止め、グレイシスは手櫛で髪をさっと整え、服の皺を軽く伸ばした。
ドキドキとはやる胸を落ち着かせながらしばらく行くと、妖精の家の前にはすでにシャアルの姿があった。
シャアルはこちらに気がつくと笑みを浮かべ、片手を小さく挙げる。彼の金色の髪が差し込む陽の光に当たってキラキラと輝き、まるで一枚の絵画のようだ。
一瞬、見惚れてしまったグレイシスのそばに、彼は歩み寄ってきた。
バスケットを受け取り下に置くと、シャアルはグレイシスに向かって両手を広げてみせる。一瞬、彼の意図がわからなかったグレイシスが首を少し傾げると、シャアルは優しい声で言った。
「ほら。おいで」
頬が熱くなるのがわかる。
小さく頷くと、グレイシスは彼に腕を伸ばした。
シャアルはグレイシスの腰を掴むと、軽々と持ち上げる。恥ずかしくなったグレイシスは、彼の肩に慌てて手を置いた。
そっと下に降ろしてもらうと、シャアルはグレイシスの腰に手を置いたまま彼女を見つめた。
「やっと、会えた」
シャアルの青い瞳が、グレイシスのアメジストの瞳を見つめて優しく細められる。
グレイシスの心臓は、痛いほどにドキリと高鳴った。




