「起動」(8)
工場地帯のもよりの飲料販売機……
思いゆくままに自販機を叩いて蹴ったあと、ヒデトはその場にうずくまった。両手で顔をおおい、だれにともなく嘆く。
「ごめん、ミコ。ごめん……」
最後までミコはヒデトを救った。親をなくしたときも、そしてついさっきも。
「なんで俺、おまえにあんなに冷たくあたってたんだ? ……わかってるさ。照れくさかったんだ。認めたくなかった、現実を。おまえは、あのとき終わったはずの俺の人生の続きなんだよ」
ミコの言葉がフラッシュバックする。
……嫌いにならないで、ヒデト。
「おまえこそ、もう大嫌いだろ? 俺のことなんて?」
手首に輝く銀色の腕時計を、ヒデトは目の前にかざした。
これに一定のコードを打ち込めば、この場で自分は、火薬と呪力をミックスした爆発を起こして消滅する。範囲は最小限。痛みがあるかどうかなど、もうどうでもいい。あとは組織が、静かに消え去った存在にしかるべき罪を負わせて完了だ。
時計にゆっくり指をのばしかけたとき、ヒデトの頭上に影がさした。
「ちょっと、きみ。金を入れる場所がふさがれているんだが。邪魔だ」
「うるせえ……消えろよ?」
声の主を、ヒデトはやぶ睨みにした。
その眼球にいまにも硬貨を投入しかけているのは、砂目だ。
迷惑げに顔をよけたヒデトの横、砂目はあっさり小銭を入れ終えた。商品ボタンの前で指をとめ、ヒデトへ問いかける。
「コーヒーでいいな?」
「最後の晩餐ってやつかい? 好きにすりゃいい」
取り出し口に落ちてきた二缶のうちひとつを、砂目はヒデトに手渡した。自販機にもたれかかり、ヒデトと同じ方向をながめながら切り出す。
「過去、似たような経験は私にもある」
「な、なんだって?」
眉を跳ね上げて、ヒデトは砂目を見返した。
「あんたが……自分の昔話だって? きょうはほんと、異世界の多い日だ」
「大切な相棒だった」
砂目が見つめる青空には、ここにはないなにかが映っていた。
「どれだけ相棒が私を慕ってくれていたかも知らず、ひとりで行かせてしまった。追いかけたものの、行く手を大きな扉がさえぎる。正直もうどうすればいいかわからず、私はふさぎ込んでしまった」
「あんたは、どうやって解決を?」
コーヒーのふたを静かにあけると、砂目は答えた。
「たずねた。まわりにいた多くの人々に、正解を。そのとき初めて知った。自分はひとりではない。おなじ道をたどった人間は大勢いる。すこし意地をこらえ、すこし勇気をだして質問するだけで、解決法はみつかるのだと。現場経験の浅い若手は、行いそのものが間違いでできている。たぶん私も間違っていた」
「あの、聞いていいか?」
「短い時間で、簡潔にな」
ヒデトがそれを口にするまでには、しかし長い時間がかかった。
「あんたの相棒は、ちゃんと戻ってきたのかい?」
こんどは逆に、砂目が黙考する番だった。しばしの間を置いて、答えを舌にのせる。
「ああ。最後に別れを言える時間ぐらいは、ともに過ごせた。いまはもう、いないがな」
「そうか……悪かったな。そんな話をさせて」
うつむいたまま、ヒデトはささやいた。
「助けてくれ、課長。どうすれば俺は、ミコを救える?」