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スウィートカース(Ⅳ):戦地直送・黒野美湖の異界斬断  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第四話「実行」
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「実行」(7)

 壊されるというよりは、斬られるという表現のほうが正しい。


 目視不可能な無数の輝きが玄関の扉をつらぬき、さいごに飛来した太い腕が、ヒデトを殴り飛ばしたのだ。一瞬のことにあっけにとられ、配達員はその場にへたり込んでいる。


 消失した扉をのっそりくぐり、配達員のかたわらにひざまづいたのは、スーツを着こなした巨漢だった。ものすごく男臭い、しかし優しげな笑みを浮かべて配達員へ問いかける。


「かんぺきに計算してお嬢ちゃんのことは避けたつもりだが、いちおう確認しとく……ケガはないな?」


 さっきまでの癖が抜けきらず、配達員は大盛況のライブ会場にでもいるかのようにがむしゃらにうなずいた。まだ口は封じられたまま、泣きじゃくる。


 その背中を穏やかにあやしながら、大男……パーテは廊下の闇へ吠えた。


「おい〝黒の手(ミイヴルス)〟! このばかやろう! なんでこんな罪のない一般市民を巻き添えにする!? 血迷ったか、裏切り者!」


 倒れていたヒデトは、身を起こした。だくだく血を流す鼻をおさえながら、くぐもった声で弁解する。


「ち、ちがうんだパーテ。話を聞いてくれ」


「聞くセンサーは十以上あるが、いまは聞く耳もたん」


 崩れた玄関からさらに乗り込んできたのは、黒ずくめのスーツの男ふたりだった。組織の捜査官にまちがいない。怒りの表情そのままに、パーテはふたりへ顎で指示した。


「このお嬢ちゃんを、安全な場所まで。あと記憶消去の処置な」


「ん~!?」


 両脇をがっちりつかまれ、配達員はどこかへ連れていかれた。


 地響きを残して玄関にあがりながら、威嚇的に拳を鳴らしたのはパーテだ。


「さあ、お望みどおり、話を聞く準備はできたぜ。この付近一帯の住民は、ガス爆発があったていで全員避難させた。俺のおまえに対する尋問が拷問に変わってくのなんて、だれも見たくも聞きたくもないと思ってな」


「腕時計の盗聴器から聞いてたろ! 裏切り者は砂目だよ。本名はメネス・アタール、異世界の召喚士だ。やつはさいしょから組織に潜り込んでやが……」


 なまなましい衝撃とともに、ヒデトは床に叩きつけられた。


 その背後、ヒデトの肩をえぐって壁に突き刺さったのは、大振りの刃物だ。刃はそこかしこが機械じかけになっており、ブースターの炎まで噴いている。こんなもの、パーテはどこにも持ち歩いていなかった。では、いったいどこから?


 答えはパーテの片腕にあった。いや、ない。


 パーテの片腕が、肘の先からそっくりそのまま消えているではないか。切り離されたパーテの腕は空中でまたたく間に裏返って変形し、巨大な機械剣と化してヒデトを襲ったのだ。豪然と仁王立ちしたまま、隻腕の大型マタドールは答えた。


「ああ、聞いてたとも。砂目のダンナ、必死におまえに自首を勧めてたな。召喚士と影で内通してた裏切り者にだ。あんな部下思いの上司はいねえ。さいしょは俺も半信半疑だったが、さっきの一般人へのおまえの仕打ちで納得した」


 つごうの悪い情報はぜんぶカットだ。メネスの言ったとおり、組織にはつごうのいい形でヒデトの情報が流れているらしい。流血する肩をかばいながら、ヒデトは言い返した。


「さっきのは、理解してくれよ。ダンボール箱の中身がなにかわかんねえんだ。おなじ目にあったら、あんただってそうしてたはず……うッ!?」


 とっさに身をよじっていなければ、こんどは逆側の肩にパーテの刃が突き立っていたはずだ。いや、それだけに留まらない。呪力と電力の複合した強烈な推進の炎を噴き、二本の刃はそれぞれヒデトを襲いながらパーテへ引き戻されている。すみやかに裏返って腕の形に戻ると、二本の手はパーテの肘に連結した。


 感触を確かめるように両腕を回しながら、たずねたのはパーテだ。


「おまえなんで、その腕時計をしてない? 聞いたぜ。召喚士に外してもらったってな?」


「ちがう! 奪われたんだ!」


「いったいいつから、どこでどんなふうに召喚士とつるんでた? 目的は、異世界からこっちの世界へ、共同でなにかヤバいものを送り込むためか? ん?」


 パーテの表情は、さらに剣呑さを増した。


 ヒデトの片腕が持ち上がったのだ。そこには、拳銃が震えながら輝いている。火器の解析のために瞳孔を拡縮しつつ、パーテはうなった。


「裏切り者でなきゃ、俺には銃は向けないよな? 銃弾をそんな、特殊複合金属セラミクスチタニウムを貫く徹甲弾に変えたりなんかしないもんな?」


 銃口の向こう、ヒデトは悲痛な形相で訴えた。


「たのむ、パーテ。それいじょう近づかないでくれ。俺に撃たせないでくれ。いまから証拠を見せるから……証人を呼ぶから」


「言っただろ、このあたりにもう人はいないって。これからおまえもいなくなる。俺には組織から正式におまえを処刑する許可が与えられて……ん?」


 かすかなセンサーの反応に、パーテの瞳はぎらついた。


 呪力と、なにかの動く反応だ。ヒデトの横の居間に、なにかいる。


 パーテは怒号した。


「なにを隠してやがる! てめえ!」


 蹴りとともにパーテの膝先から分離した脚は、刃に変形してヒデトを襲っている。


 かんだかい金属音が響いた。


 幻でも見るように瞠目したのはパーテだ。


「お、おまえ……!?」


 長刀から火花をあげて〝妖術師の牙(ソウトゥース)〟を防ぐのは、ヒデトの前に立ち塞がるミコだった。

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