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スウィートカース(Ⅳ):戦地直送・黒野美湖の異界斬断  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第四話「実行」
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「実行」(6)

 染夜配達員がかかえるダンボール箱は、これまでにない形状のものだった。


 ここ何日かは長方形や円筒形の箱がほとんどだったが、きょうのはなにか違う。重みから察するに、ヘルメットかボーリングの玉あたりか?


 毎日のように配送を頼んでいるわりには、ここに住む褪奈さんは、弊社が訪問するたびに微妙な表情をした。無言で伝票にサインをし、さっさと玄関をしめて鍵をかける。ときどき〝コードネームは?〟とか〝片目の五芒星は?〟とか質問されることもあったが、アルバイトの彼女には知るよしもないことだった。


 さあ、本日も営業スマイルの時間だ。勇気をふりしぼって、配達員はヒデトの家のインターフォンに指をのばした。


 気づいたときには、彼女は家の中に引きずり込まれている。きっちりビニールテープで口を封じられた彼女のうしろで、いきおいよく扉の鍵の閉まる音が響いた。扉ののぞき窓を血眼になって確認する人影は、尋常ではないほど息が荒い。


 人影の手に輝きをやどすのは、鋭いナイフだ。


 声にならない恐怖とともに、配達員はじぶんがただでは済まないことを悟った。


 先回りして配達員の首筋にナイフをあて、忠告したのは人影だ。


「おっと、暴れるなよ。痛い目にあいたくなきゃな」


「~~~ッッ!?!?」


「いいか、おまえにいま許されるのは、首を縦か横に振るだけだ。イエスなら縦、ノーなら横。それいがいの答えはぜんぶ、俺への攻撃とみなす。泣いてもだめだ。いいな?」


 すでにぼろぼろ涙を流しながら、配達員は首を縦に振った。


「ひとつ前の配達先からここに来るまで、だれかに会ったか?」


 人影の質問に、配達員は首を横に振った。


「よし、つぎだ。その箱の中のもの、途中ですり替えられたりした気配はないか? どんなささいな異常でもいい。思い当たることはあるか?」


 しっかり記憶を思い返したあと、配達員は首を横に振った。


「箱の中身は爆発物か? それとも新型の小型マタドールとかか?」


 さすがに沈黙する配達員へ、人影はうなずいた。


「よし。じゃ、さいごの質問、というかお願いだ」


 ナイフを持っていないほうの手でペンを取り出すと、人影は箱の伝票にサインした。


 ペンを放り捨てた人影の手で、つぎにきちきちと不穏な音をたてたのはカッターナイフだ。配達員は、ほんとうにじぶんの命が終わったことを知った。


 人影は、カッターナイフを荷物の上に置いたではないか。


「しっかりサインはした。悪いがねえちゃん、箱を開けてくれ」


 一瞬の沈黙ののち、配達員は震える手でカッターを握りしめた。


 その間にも、人影はしゃべれない配達員の首からナイフを離さない。こんなやわなカッターナイフごときでは、女性の力では抵抗のひとつも不可能だ。


「おら、早くしろ」


「……!」


 言われるがまま、配達員はダンボール箱のフタを開封した。開けて、さらに目を剥く。


 緩衝材がしきつめられた箱の中にあったのは、人の頭、に見えた。こんな状況で思うのもおかしいが、すごくきれいな顔だ。人形にちがいない。そうであってくれ。


 あいた手で、ナイフの人影は額の汗をぬぐったようだった。


「ふう。なんとかさいごの配送も邪魔されずに済んだか。もういいぞ、さっさと閉めろ」


 急いで箱を閉じ終えた配達員を、人影はさらに脅した。


「悪かったな、怖い思いをさせて。こっちもいろいろと切羽詰まってんだ。質問の続きだが、いまあったことをだれかに言うか?」


 反射的に、配達員は首を横に振った。


「べつにしゃべってもいいんだぜ。ねえちゃんの働いてる会社はどこかはっきりしてるし、かんたんに身元は割り出せる。弟と、それからペットのワンちゃんだっけ。大事だよな?」


 なんども首を縦に振って、配達員はうなずいた。


「よし、それでいい。きょうここであったことはぜんぶ忘れろ。さ、もう帰っていい……」


 しわがれた呪いの声は、玄関の外から聞こえた。


「マタドールシステム・タイプP、基準演算機構オペレーションクラスタ擬人形式ステルススタンスから分人形式ディビジョンスタンス変更シフト……見損なったぜ〝黒の手(ミイヴルス)〟」


 玄関の扉はぶち破られ、ヒデトは自宅の廊下まで吹き飛んだ。

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