「実行」(6)
染夜配達員がかかえるダンボール箱は、これまでにない形状のものだった。
ここ何日かは長方形や円筒形の箱がほとんどだったが、きょうのはなにか違う。重みから察するに、ヘルメットかボーリングの玉あたりか?
毎日のように配送を頼んでいるわりには、ここに住む褪奈さんは、弊社が訪問するたびに微妙な表情をした。無言で伝票にサインをし、さっさと玄関をしめて鍵をかける。ときどき〝コードネームは?〟とか〝片目の五芒星は?〟とか質問されることもあったが、アルバイトの彼女には知るよしもないことだった。
さあ、本日も営業スマイルの時間だ。勇気をふりしぼって、配達員はヒデトの家のインターフォンに指をのばした。
気づいたときには、彼女は家の中に引きずり込まれている。きっちりビニールテープで口を封じられた彼女のうしろで、いきおいよく扉の鍵の閉まる音が響いた。扉ののぞき窓を血眼になって確認する人影は、尋常ではないほど息が荒い。
人影の手に輝きをやどすのは、鋭いナイフだ。
声にならない恐怖とともに、配達員はじぶんがただでは済まないことを悟った。
先回りして配達員の首筋にナイフをあて、忠告したのは人影だ。
「おっと、暴れるなよ。痛い目にあいたくなきゃな」
「~~~ッッ!?!?」
「いいか、おまえにいま許されるのは、首を縦か横に振るだけだ。イエスなら縦、ノーなら横。それいがいの答えはぜんぶ、俺への攻撃とみなす。泣いてもだめだ。いいな?」
すでにぼろぼろ涙を流しながら、配達員は首を縦に振った。
「ひとつ前の配達先からここに来るまで、だれかに会ったか?」
人影の質問に、配達員は首を横に振った。
「よし、つぎだ。その箱の中のもの、途中ですり替えられたりした気配はないか? どんなささいな異常でもいい。思い当たることはあるか?」
しっかり記憶を思い返したあと、配達員は首を横に振った。
「箱の中身は爆発物か? それとも新型の小型マタドールとかか?」
さすがに沈黙する配達員へ、人影はうなずいた。
「よし。じゃ、さいごの質問、というかお願いだ」
ナイフを持っていないほうの手でペンを取り出すと、人影は箱の伝票にサインした。
ペンを放り捨てた人影の手で、つぎにきちきちと不穏な音をたてたのはカッターナイフだ。配達員は、ほんとうにじぶんの命が終わったことを知った。
人影は、カッターナイフを荷物の上に置いたではないか。
「しっかりサインはした。悪いがねえちゃん、箱を開けてくれ」
一瞬の沈黙ののち、配達員は震える手でカッターを握りしめた。
その間にも、人影はしゃべれない配達員の首からナイフを離さない。こんなやわなカッターナイフごときでは、女性の力では抵抗のひとつも不可能だ。
「おら、早くしろ」
「……!」
言われるがまま、配達員はダンボール箱のフタを開封した。開けて、さらに目を剥く。
緩衝材がしきつめられた箱の中にあったのは、人の頭、に見えた。こんな状況で思うのもおかしいが、すごくきれいな顔だ。人形にちがいない。そうであってくれ。
あいた手で、ナイフの人影は額の汗をぬぐったようだった。
「ふう。なんとかさいごの配送も邪魔されずに済んだか。もういいぞ、さっさと閉めろ」
急いで箱を閉じ終えた配達員を、人影はさらに脅した。
「悪かったな、怖い思いをさせて。こっちもいろいろと切羽詰まってんだ。質問の続きだが、いまあったことをだれかに言うか?」
反射的に、配達員は首を横に振った。
「べつにしゃべってもいいんだぜ。ねえちゃんの働いてる会社はどこかはっきりしてるし、かんたんに身元は割り出せる。弟と、それからペットのワンちゃんだっけ。大事だよな?」
なんども首を縦に振って、配達員はうなずいた。
「よし、それでいい。きょうここであったことはぜんぶ忘れろ。さ、もう帰っていい……」
しわがれた呪いの声は、玄関の外から聞こえた。
「マタドールシステム・タイプP、基準演算機構を擬人形式から分人形式へ変更……見損なったぜ〝黒の手〟」
玄関の扉はぶち破られ、ヒデトは自宅の廊下まで吹き飛んだ。




