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スウィートカース(Ⅳ):戦地直送・黒野美湖の異界斬断  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第四話「実行」
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「実行」(5)

 ある地点からある地点への物質の空間転移……


 テロリスト〝召喚士〟がもっとも得意とする呪力の術だった。


 それをなぜ、ヒデトの上司の砂目が?


「おっと?」


 軽いのりで、砂目は眉根をあげた。


 ヒデトから外した腕時計が、不吉なアラーム音を鳴らし始めたのだ。所有者の生命反応を見失った自爆装置は、それをただちに〝裏切り行為〟または〝想定外の心肺停止〟等と感じて起動した。警告音はしだいに音と音の間隔をせばめ、爆発する……


 叫んだのはヒデトだ。


「あぶねえ!」


「そうだな。もうすこし遠くへ」


 砂目の手のひらの上、腕時計はふたたび電光とともに消え去った。


 次の瞬間、もよりのビルの上で大爆発が生じている。その場所にも、何者かはすでに召喚の門……到着地点の魔法陣を描いていたのだ。


 炎上するビルを逆光に影になった砂目へ、ヒデトは愕然とたずねた。


「呪力使いだったのか、あんた……いやしかし、その能力は?」


「タイミング的に、きょうが最適の日だと判断した」


 砂目はなにを言っているのか?


 近隣の人々が爆発に驚いて騒ぎ始める中、砂目はささやいた。


「じつのところ、ミコの修復方法はぼくにも伏せられていた。組織の限られた人間と、きみしか知らない。まさかそんな方法で、きみの隠れ家に運ばれていたとは。あとは頭だけだ、と言ったね?」


 懐から拳銃を引き抜くヒデトの手には、ためらいがあった。銃口を砂目に向けきれないまま、うめく。


「てめえ、なにもんだ? どうやって砂目さんとすり替わった?」


「すり替わった? その表現は正しくない」


 砂目の顔をした何者かは、鼻の前で小さく指を振ってみせた。


「ぼくはこの世界にきた十数年前から砂目充すなめあたるだし、それも異世界での本名のメネス・アタールをアナグラムしたものだ。ゼガ社のゲーム機に世変装置セレファイスを仕込んだのもぼくだし、平行世界のきみをちょっとした手違いで死なせてしまったのもぼく。つい先日、飛行機の中できみと正面から殴り合ったのもぼくだよ。あの頭突きは本当に効いた……ほら、これならわかるかな?」


 おもむろに、彼は驚くべきものを取り出した。


 召喚士のあの仮面ではないか。


 仮面をかぶった彼からこぼれたのは、聞き覚えのある不吉な変声だ。


「ぼくは召喚士。故郷のセレファイスから、この世界を滅ぼしにきた」


 仮面をずらした砂目、いやメネスは、ヒデトの震える銃口をながめてつぶやいた。


「さっき約束したばかりじゃないか。上司にはちゃんと敬意を払うと」


「じょ、冗談だろ……冗談だと言ってくれ」


「ぼくはいたって真剣だ」


「あんたが……あんたが召喚士だったのか。ずっと俺たちを、組織をだましてたんだな?」


 仮面で口元だけ隠したまま、メネスは不満げな目つきになった。


「だまされたのはどっちのほうだろうねえ。ぼくもこちら側の世界にくれば、彼女を、フィアを助けてもらえると信じていた。だが、みごとに裏切られたよ。きみたちは転移してきたぼくたちを実験材料とみなして、破壊し、捕らえようとした」


「俺の両親を殺したからだ……!」


「さきに殺されそうになったのはぼくのほうだよ。とまあ、卵が先か鶏が先かの話はどうでもいい」


 じぶんの腕時計を指で叩き、メネスはうながした。


「作戦はすでに動き始めている。きみはたったいま、組織の首輪を無断で外した。裏切り者がどうなるかはよく知っているね?」


「おまえのさっきからの自白も、その腕時計からぜんぶ組織へ筒抜けだぜ。始末されるのはおまえのほうだ」


「ぼくがただ大人しく、この腐った組織の首輪に繋がれていると思うかね? この腕時計にはとっくに細工をほどこしてある。つごうの悪い情報はぜんぶカットだ」


 手でハサミをまねるメネスへ、ヒデトはますます苛立ちをつのらせた。


「俺を裏切り者にしてどうする。いままでの流れからいうと、俺が始末されたら困るのはおまえのほうじゃないのか?」


「まず相手をどん底に突き落とす。それから救いの糸をさしのべる。交渉の基本さ」


 不気味な笑みを浮かべて、メネスは続けた。


「きみの裏切りは、組織全体に広まった。もうきみの逃げ場は、深海の底にも火星にすらもない。だいじなだいじな、彼女も同じだよ」


「ミコまで巻き込むつもりか……!?」


「助けよう、このぼくが」


「なに?」


「ここまでの裏切り行為は、すべてこのぼくがもみ消すと言っているんだ。きみの命は助かる。ミコも破壊されずに救われる」


「……話だけは聞こう」


「いっしょに来るんだ、褪奈くん。ぼくとともに〝セレファイス〟へ」


「おまえの故郷か。たしかにそこまでは、組織も追ってこれない」


「たしかきみ、自然の景色は嫌いではないよね。ビルもない、電車も飛行機もない。車も馬が引いてる素朴な場所だ」


「悪くねえ。で、俺になにをしろと?」


「簡単なことさ。その〝黒の手(ミイヴルス)〟の能力で、セレファイスからこちらへ送り込んでくれればいい。ぼくが準備してる大量のフィアの模造品を」


「じぶんでやりゃいいじゃねえか。そのご自慢の召喚術でよ」


「すでに試した。だが、戦争レベルの数を送り込むのはかなり難しいんだ。組織もけっして無能ではない。そんな数の魔法陣を描こうものなら、膨大な呪力反応を察知してアラートが発せられる。描いた魔法陣は片っ端から消され、結界で封じられるだろうね」


「戦争、って言ったか?」


「そうだ。ある日突然、世界中の隣人の数千人か数万人かが変形して、きゅうに戦いを始める。魔法陣もなく〝もとあった世界に戻す〟きみの呪力ならそれが可能だ。ああ、いちおう言っておくが、これは〝世界を救うため〟の戦いだよ」


 拳銃の先端を、ああ、ヒデトはゆっくり下ろしてしまった。


 邪悪な笑みを濃くして、つぶやいたのはメネスだ。


「はじめてぼくの言うことを聞いてくれたね」


「ああ」


 なんの予備動作もなしに放たれたヒデトの拳は、同時にかざされたメネスの仮面に衝突した。輝きとともに、仮面は光の粒子と化して消え失せる。仮面は〝黒の手(ミイヴルス)〟の呪力によってもとあった世界へ返ったのだ。


「お断りだ! そんなネットも通ってないド田舎!」


 捨て台詞とともに逃げるヒデトの背中を見送り、メネスは肩をすくめた。


「やれやれ。そっちは茨の道だぞ、褪奈くん」


 唐突に真面目ぶった顔つきに戻ると、メネスは声を落として腕時計に囁きかけた。


「私だ。とても残念だが、いきさつは聞いたな? 〝妖術師の牙(ソウトゥース)〟?」


〈ああ。まさかあいつが組織を裏切るなんて……至急、追跡を始める〉

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